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■思い出をもう一度・下

そしてゴーランドさんへのあいさつを終え、ゴーランドさんがどこかへ行って。
一時間帯くらいは、ボリスやピアスと談笑していただろうか。

……が。

真夏の遊園地。入道雲に灼熱の太陽。猛烈な蒸し暑さ、風さえも熱風。
「うううう……」
冬の領土から来たのもマズかった。体力の消耗が激しく、夏バテは早かった。
私ナノ、早くも木陰でボリス並みにへたばっております。
「ああ、ああああ暑い……」
木にもたれ、あえいでいると、
「だ、大丈夫!?ナノ。カキ氷食べる?チーズ味の買ってきてあげる!」
すぐにピアスが、泡を食って走っていった。
「ちょっと……ぴ、ピアス……私はチーズより、ブルーハワイが……ピアス〜」
必死に手を伸ばすも、ネズミさんはすでに視界から消えていた。
「それ以前に、チーズ味のカキ氷なんて、遊園地中、探しても、あるわけ……」
木陰の上で、同じくグッタリしているボリス。
「ボリス、大丈夫ですか?」
「何とか……ナノは……?」
「多分……」
そして木陰でじりじりと熱に焼かれる一人と一匹。
――もしや、私たちはここで朽ち果ててしまうのでしょうか……!
もはや互いに言葉をかける気力もなく、私たちは真夏の遊園地に散ろうとしていた。

「おいおい、大丈夫かよ、おまえら。ほら、ナノ。
好きなアイスを食えよ」
『っ!!』
救いの手がさしのべられた!

何と、アイス売りに扮したゴーランドさんが、屋台を引いてやってきたのだ。
ボリスはさっそく目を輝かせ、ヒラリと舞い降りる。
さっきまで、ぐったりしていたとは思えない素早さで屋台の前を陣取り、
「さっすが、おっさん!!それじゃ、俺はお魚味と、カツオブシ味!」
「おいおい!そんな味、あるわけねえだろ!ナノはどれにする?」
「ありがとうございます。でも私はいいですよ。お財布忘れましたから」
すると麦わら帽子のゴーランドさんが笑って首を振る。
「いいって、いいって。余所者の初来園だ。タダにしておくぜ」
「ハーゲ●ダッツのプレミアムカカオとクッキー&クリーム!
それにバニラプディングをいただけたら僥倖(ぎょうこう)にございます」
まくし立てると男性二名が沈黙される。
「…………ナノ」
「ていうか、扱ってねえよ。ンなメーカー」
冗談だってば。

結局、一番安いソーダ味のキャンデーを遠慮しいしい、いただいた。その頃、
「ナノー!!見つけたよー!!」
ピアスが、クリームチーズ味のカップアイスを両手に山ほど抱えて戻って来た。

…………

そして、遊園地の時間帯は夜に変わる。
風は清涼になり、従業員さん達は花火の準備に忙しい。
そして遊園地の広場の一角には……チーズアイスの、空き容器の山が出来ていた。
「も、もうお腹いっぱいで食べられない……チーズアイスが、腹の中で……」
「気が合うな。ボリス。俺もだ……これ以上食べたら、絶対に下す……」
山のかたわらにへたり込む、チェシャ猫と、アイス売りの……お兄さん。
「ええっ?チーズアイス、美味しいのに。俺、もう一個食べる!」
ピアスはご機嫌だった。眠りネズミさんの買ってきたアイスはまだまだある。
というか、そろそろ残りのアイスはドロドロに溶けてるんじゃなかろうか。
「一休みしましょうよ、ピアス。お腹を壊しますし、味覚がマヒしますよ」
私は持参したシートの上に正座している。
そして同じく持参したる珈琲セットをシートの上に広げ、珈琲を三人分作った。
とくとくと珈琲をカップに注いで、まずピアスに差し出した。
ピアスはパッと笑顔になって珈琲を受け取り、
「ありがとう、ナノ!……うう、マズいよう」
一口飲んで、泣きそうな顔になる。
グサッ!おかしいな。前回の反省を生かし、さらに苦みにこだわった本格ブラック
珈琲なのに。いったい何が悪いんだろ。
いいや、彼はきっとユリウス並みか、それ以上の珈琲通に違いない!
――次は、腕によりをかけて、さらに苦いブラック珈琲を淹れてあげないと……。
それは恐らく泥炭のような真っ黒になるに相違ない。
しかし、そこまでやってこそ、やっとピアスから評価がいただけよう。
今から腕が鳴る、と指をポキポキ鳴らしていると、何やら膝にじゃれつく気配。
「ナノ!ネズミになんか珈琲を淹れないでよ!」
「あ、ゴーランドさん。ついでにボリスも珈琲をどうぞ」
「おう、すまねえな、ナノ」
「ついで!?」
「冗談ですよ。ボリス」
ゴーランドさんに砂糖入りアメリカン、ボリスにマタタビ入り珈琲を渡すと、猫は
シートの上に座って飲む。
ゴーランドさんもシートに移り、ご機嫌で飲んでくれる。
それからオーナーさんはパレードの出し物について、ピアスと何か話し出した。
そのかたわら、私も自分用の珈琲を飲む。
夜の風が気持ちいい。
そういえば大分、時間帯が経った。
ハートの城への訪問はこの次にして、そろそろ帽子屋屋敷に帰らないと。
「ねえ、ナノ」
「ん?何です?」
いつの間にか、ちゃっかり膝枕体勢のボリスが、私を見上げた。
「何かさ、悩みでもあるの?……ときどき悲しそうな顔をしてる」
「…………」
私は何も言わずボリスに微笑む。すると、ボリスの手が私の手を握った。
大きな温かい手だった。それ以上何も言わず、私の手を撫でる。
「ボリス、いつもありがとう」
チェシャ猫は賢い。いつも勝手に察して、勝手に寄りそってくれる。
「いいよ。ナノは俺が飼ってるんだし」
「違うでしょ」
ペシッと頭を軽く叩く。もうボリスだってこちらの事情を分かってるはずだ。
案の定、悪びれなくニッと笑うチェシャ猫。
「でもさ。何かあったら、俺のこと頼ってよね……俺たち、もう友達だろ?」
「ええ、もちろん!」
笑顔でうなずいた。

そして遊園地の夜空に大きな花火が上がる。

それから私たちは四人はたくさん笑い合い、いつまでも花火を眺めていた。

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