続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■店を改装した話3

食べようとして食べられず、朝食をあきらめた頃、扉を叩く音がした。
私は返事をしない。
扉のそばにしゃがみ、外の気配をうかがう。
でも声は、知り合いの誰でもなかった。
「ナノさん、ご注文の紅茶をお届けに来ました」
しかし私は簡単に扉を開けたりしない。
「どちらの店の方ですか?担当者のお名前と紅茶の品名、注文番号をお願いします」
「はい。こちらの店と担当者の名は……」
扉の向こうから声がした。心なしか声が固い。
その人の教えてくれた情報は全て正解だった。
のぞき窓からそっと見ても、気の弱そうな顔なしさんだ。緊張しているのは演技では
なさそうで、マフィア関係者の雰囲気はみじんも無い。
私はホッとして扉のチェーンを外した。
「お待ちしてましたよ、ご苦労様です」
と、笑顔で扉を開けた。
その瞬間、
「ああ、ご苦労だったな」
「ぐっ!」
別の声と共に、顔なしさんが横に吹っ飛んだ。
「え……?」
反応しきれず目で追うと、顔なしさんは地面にうずくまり、脇腹を押さえている。
彼が容赦ない力で蹴られたらしいと、やっと気づいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
骨が折れてないか心配になり、あわてて駆け寄ろうとし、
「いや、そこは普通、誰が蹴ったんだ、とか、急いで扉を閉めて鍵をかけ直すとか
そういうのをするところだろ?相変わらず呑気だな」
「!!」
『まあ、させねえけどな』という笑い声とともに後ろから腕を引っぱられる。
「エリオット!」
マフィアのスーツ姿のエリオットが、後ろから私を拘束していた。
「ナノ。俺らとやりあうつもりなら、もっと頭を使った方がいいぜ?
あんたの強い友達を呼んでついててもらうとか、代理の奴に受け取ってもらうとか、
クローバーの塔を受け渡し場所に指定するとか、いくらでも自衛出来るだろう?
こんなだからブラッドに遊ばれるんだよ」
憐れんでいるようなエリオットの声に、私は唇をかむ。
なめられたもので、エリオットの他に出て来た構成員の人はたった数人だった。
「……あの人には、ひどいことをしないでください」
まだ痛みにうめいてる顔なしの人を見る。あの人は全くの無関係だ。
「いいぜ、あんたが素直に屋敷に来てくれるならな」
そして、私の店の中にずかずか入ろうとする部下の人たちに声をかける。
「おまえら、あんまり盗りすぎるなよ。
最低限、生活が成り立つ程度の金だけ残してやれ。ブラッドの命令だ」
「……そんなに私の店が気に入らないのなら、ひと思いに潰せばいいでしょう」
マフィアなんかに負けてはいけないと思いつつ声が震えてしまう。
何で分かってくれないんだろう。
私がどんなに苦労して、いろんな人に頭を下げてこの店を手に入れたか。
どれだけ泣いて笑って涙して店をやってきたか。
「俺も潰した方がいいと思うんだけどな。ブラッドがな。
力ずくで行けば行くほどあんたは頑なになるって。
だから、自分から来るようにさせたいんだとさ」
マフィアの感覚では、今の私と、私の店への行為は『力ずく』ではないらしい。
そして私を拘束しているのは、ニンジンケーキ大好きウサギ耳お兄さんではない。
冷酷なマフィアのナンバー2だ。
「よし、行こうぜ。ブラッドがお待ちかねだ」
エリオットはやっと私の手を離す。そして倒れている人には一瞥もくれず先に立って
歩き出した。私はお詫びの言葉をかけたかったけど、返事はしてもらえないだろうと
あきらめる。そして肩を落とし、エリオットについていった。

3/12
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -