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■思い出をもう一度・中

エースは楽しそうに話し続ける。
「ほら覚えてる?草原で花かんむり作ったり、重傷の君を保護したり……」
うーん。確かにエースとは一時期はかなり良い感じになりかけた。

だけど、実は相性が悪かったのか、クローバーの国であることがいけなかったのか。
いざイイ仲になると、私たちは全く上手くいかず、かなりひどく扱われた。
その後エリオットとのゴタゴタが発展し、私はそっちに囚われてしまう。
結局、エースとは自然消滅な感じに、疎遠になっていた。
――て、いやいやいや。合意でつきあったことはないし!
しかもこの騎士と真剣な恋仲になるというのは、ある意味エリオット以上に危険だ。
別れる難易度は三月ウサギの比ではない。

「最近はエリオットも君を大事にしてるみたいだし、俺もこのまま身を引くのが騎士
らしいかなって思ってきて。で、失恋の痛手をユリウスに愚痴ろうとしたんだ。
そうしたら何と君がいて、ユリウスにベタベタしてるだろ?ひっでえよな!」
いや、まだそこまでは。
「人を浮気者みたいに言わないで下さいよ。私も何て言うか、複雑なんです」
別の人だとは分かってる。でもそうと分かっていて無視は出来ない。
どうにも整理がつかない。いっそ割り切れたらと思うけど、会うと落ちつく人だ。
願わくばお知り合いに、とすごく図々しいことを考えてしまう。
「だから気にいらないんだぜ。君に勝手に好かれて……」
肩を抱く手が強くなる。
「はあ……今の私はエリオット一筋ですよ。ユリウスとは……その、難しいのは
分かってますけど、お友達になれたらなと思ってるくらいで」
「その言い方もだ。君に全く警戒させないで最初から懐かれてる。腹が立つぜ」
あれか。エースも懐かせようとした猫を、いきなり現れた奴に……というクチか。
どいつもこいつも。
「……で、どこまでついてくるんですか?」
放っておけば、延々とストーキングされそうだ。
「え?あはははは!」
笑ってごまかすな。

その後、後でハートの城に行くからと説き伏せて、ユリウスの元に追いかえした。
一緒に行っても良かったけど……確実に道中、襲われるので。

そういうわけで、私は冬の国を抜け、森の方へ歩いて行ったのだった。

…………

…………

真夏の遊園地は、焼けるような快晴にセミの声。立っているだけで焼け焦げそうだ。
「……て、そういえば遊園地になってたんでしたね」
すみません。本当、ごめんなさい。
存在が頭から消失してました、ゴーランドさん。
全てユリウスが悪いんです。私の記憶細胞に問題はございません。多分。
そして、『初対面』のオーナーさんはしげしげと私を見下ろす。
「へえ……あんたがウワサの余所者、ナノさんか!よろしくな!」
高い地位にかかわらず、ラフすぎる服装に麦わら帽子。
人懐こい笑顔に、頭を撫でてくれる手。変わらずに優しい、安心出来る人だ。
「ナノ、ナノ!」
そして、私の周囲を飛び回る、可愛い眠りネズミさんは、

「そ。それでナノはね、ボリスのペットなんだよ!!」

夏の空気が凍る。そしてしばしの沈黙。
「……そ、そうか。そういう世界もまあ、否定しねえけどな」
否定して下さい。頼むから。ゴーランドさん、目ぇそらさないで!!
「で、ピアスは相変わらずピアスですね」
仕方なく私はピアスを見る。
「うん、俺はいつも眠りネズミだよ!」
私はにっこり笑顔。そして両の手を、目をくりくりさせる眠りネズミさんの頭に
やり、こぶしにして……ぐりぐりぐりぐり。
そして遊園地に上がる絶望的な悲鳴。
「ぴぃ!い、いたたたたたっ!!ひどいよ!君、優しい子だと思ってたのに!!」
「そのワリに、何か嬉しそうじゃねえか?ピアス」
制裁を課す私と、痛がるピアスを呑気に見ているゴーランドさん。そして、
「ナノ〜でも、ナノは俺のなんだからね」

近くの木の上のぐったりにゃんこ。しかしファーと黒服はばっちり装備。
ちょっとだけでも一緒に住んでいた身として、苦しむ姿に同情を禁じ得ない。
「ボリス。あなたの境遇について、大変な遺憾の意を表明いたします。
……ちなみに『妥協』という言葉はご存じですか?」
ファーを取れ、黒い服を止めろと、冷酷に告げる。
しかしボリスは枝にもたれて首を振る。
「……ダメ。チェシャ猫に、ファーは、絶対……」

「では言い方を変えましょう……着てるものを全て脱げ」

空気が、さっきの比ではない氷点下まで凍りつく。

ゴーランドさんが愕然と、
「ピアス。よ、余所者って、みんなこうなのか……?」
「ちゅう……でもボリスはいつもナノと部屋にこもってたから……」
冗談だってば。あとピアス、誤解を招く言い方をしない。
「え?ええ?ナノ……ま、まあナノがそうしてほしいならいいけど。
……こ、ここじゃないとダメ?もう少しさ、人目につかないとこで……」

何、まんざらでもなさそうな表情で頬を赤らめてますか、ボリス。

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