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■思い出をもう一度・上


引き続き帽子屋屋敷のブラッドの部屋。
私はまた茶をすすり、お皿から、ニンジン成分を一切含有しないチョコを取って口に
入れた。ブラッドはニヤニヤと私たちのやりとりを見ている。
「ナノっ!」
再度エリオット。だから私はエリオットにチラリと流し目(したつもり)。
「あなたが私を狂わせるんですよ、エリオット……」
「狂い方の方向性が違うだろ!!ガキっぽい方向に壊れてどうするんだ!」
そして私は茶を飲み終わり、立ち上がる。

「じゃ、ちょっと森とハートの城に行って参りますね」
「ナノ!命令だ。帽子屋屋敷の俺の部屋にいろ!」

厳しい声でマフィアスーツのエリオットが言う。
ブラッドとエリオットの命令には絶対服従。
それはクローバーの国での最後の会合にて、領主方の前で誓わされたことだ。でも、

「エリオット。彼女は誓約を破棄するそうだ。私はそれを許可した」

「な……!?」
エリオットが目を見ひらいて、信仰……じゃない、尊敬する上司を見る。
ブラッドはいつになく楽しそうに紅茶を飲み、
「あれはナノを屋敷に来させるためのものだ。今や彼女は完全にここに足場を
固め、もう移る気はないという。どちらにしろ通常時は我々に従う立場であるし、
誓約で必要以上に縛ることもあるまい」
私は腕組みし、うんうんとうなずく。
「ブラッド。どうして……」
オレンジスイーツ消費の確約。マフィアのボスとの交渉はそれだけで事足りた。
「そういうわけで……六時間帯後には戻りますね」
「ナノっ!!この前からどうしたんだよ、おまえは!!」

つかまえようとするエリオットの手をかわす。
「ぐ……」
普段ならありえないことだけど、エリオットの動きはのろい。
それこそ私を捕まえられないくらい。ブラッドは爆笑だ。
「はははっ。女一人に遊ばれるとは、縛られる身は大変だなエリオット」
登山に休み無しの激務。こう見えて三月ウサギは疲労がたまっているのだ。
私は走り出した。
「ナノっ!!」

言い訳なんてしない、聞きたくない。
私が急に好き勝手に動くようになった理由?
それもこれも、エリオットが悪いのだ。

…………

…………

そして再びところ変わりまして、雪の降りしきるクローバーの塔。
「ユリウスーっ!!」
「げ……っ!」
扉を開けて入ってきた私に、部屋の中のユリウスは露骨に嫌悪の表情を浮かべた。
そして私の真後ろから、
「ユリウスーっ!!」
そっくり私の声真似をして、エースが入ってくる。私は笑顔で振り向き、

「失せろ」

ドンッと扉を一蹴りして閉め、勝手知ったる扉に厳重に鍵をかける。

外からドンドンと何やら音がするけど、聞こえない聞こえない。
「な、な、何の用だ……」
見知らぬ男に入られた女のように、怯えと警戒を浮かべるユリウス。
まあ最初は森かハートの城に行く予定だったんだけど、どうしてもユリウスの顔を
見たくなってしまったのだ。
「珈琲を淹れに参りました!」
ふんぞりかえって言うと、ずいぶんと長い沈黙があった。
いや、部屋の外からドンドンと扉を叩く音はしたけど。
「……私は、妙なのにばかり好かれる」
しみじみと言われた。妙?せめて変と言って。
「珈琲だけ淹れてさっさと帰れ。室内の工具や時計の部品には決して触るなよ」
どうやら押され負けてくれたらしい。
「アイアイ・サー!」
私はビシッと敬礼し、珈琲メーカーのある場所に向かう。
そして持参したソムリエエプロンを身につけ、気合いを入れてはたく。
勝手に戸棚の中から珈琲豆を何種類か取り出し、
「ブレンドはお任せして下さいますよね。最高のをお淹れしますから!」
そして振り返ると、いぶかしげな視線と合う。
「おまえ、何で珈琲器具のある場所を知ってるんだ?」
「…………」
他人の顔をするユリウスに、また痛みを感じながら、
「珈琲二人分、少々お待ち下さい」
ニコニコ笑う。その瞬間に、豪快な破砕音。
「三人分だぜ!!」
エースがついに扉を剣でたたき壊した……チッ。

…………

いつもより、ひんやりと感じる塔の廊下を、私たちは愚痴を言い合いながら歩く。
あの後、特に何かしらドラマがあったわけではない。
ユリウスは終始無言。飲み終わった後、即効で追い出された私たちであった。
「ユリウスったら、ひどいですよね。頑張って淹れたのに97.5点とか」
スポーツの祭典じゃあるまいし、最終的に99.0567点とかコンマ何秒の争いに
なるんじゃあるまいか。
「本当にひどいよな。ユリウスの奴。出て来た途端、ナノを手懐けちゃって、
それで嬉しがるでもないんだぜ。恋の奴隷としては悔しくなるよな」
私の肩を空々しく抱くエースは、全く別のことで嘆いていた。
「恋の奴隷、ねえ……」
肩を抱く手を振り払おうとしながら言う。

そういえば、最初はユリウス絡みで知りあったんだっけ。
剣をつきつけられたこともあったなあ。

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