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■三月ウサギの困惑・下

私たちはまだ冬の領土にいる。店の外は、チラチラと雪が降っている。
その店はチョコレートやスイーツ類が売られていた。
そういうわけで、暖かい店内は女性の買い物客でガヤガヤと賑わっている。
「な、なあ、ナノ、早く出ようぜ。何でも買ってやるからさ」
そう。エリオットは大変な注目の的だった。
マフィアでスーツでウサギ耳で、しかもとびきりの長身、あとカッコイイ。
熱烈な視線から好奇の視線までを一身に受け、大変に居心地が悪そうだった。
私は可愛くラッピングされた一品を取り、エリオットを見上げる。
「ん?チョコレートが欲しいのか?」
私はチッチッと指を振る。そしてもう片手に店の懐中電灯を持ち、低い声で
「あなたはご存じないでしょうが、これはですね『血汚冷吐』と言って、牛の血を
固めて作ったお菓子なんです。何とこれを食べると……」
「ナノ……トリック・オア・トリートは屋敷に帰ってからしようぜ。
あと、何で顔の下から懐中電灯を当ててるんだよ」
呆れたように言われた。あ、周囲のお客さんも嫌そうな顔をしてる。
きっとマフィアの2がスイーツショップにいるからであろう。さもありなん。
「あとお菓子くらい自分で買うからいいですよ」
私は懐中電灯を消して元の売り場に戻し、買い物カゴにチョコレートを放り込む。
「まあいいけどよ。帽子屋領だって、ハロウィン用のチョコは売ってるだろ?」
相変わらず居心地の悪いエリオットは、そわそわしながら言う。
「でもあちらのものは、子ども向けの甘いやつがメインじゃないですか」
私はビシッと親指を立てる。
「高級チョコレートの苦さが分かってこそ、大人!!」
「…………ふーん」
反応薄!あとで寝ている間に、口の中にチョコレートを詰め込んでやる。
私はとっとと会計所に行き、自分の財布を出そうとし……ハッとする。

「お財布、忘れました……」

愉快なナノーさん♪
……周囲の人々は誰も笑ってくれなかった。

…………

雪のちらつく中、帽子屋屋敷にエリオットと帰る。
「本っっっっ当に、予想通りだよな、おまえは」
「あうううう……」
荷物を持って下さるエリオット。
彼に、空いた方の手で頭をぐりぐりされ、うなだれる。
あの後、結局エリオットにタカるハメになってしまった。
「で?」
「で?」
聞かれて、つい同じ答えを返す。
「何でさっき、俺の手を叩いたんだ?」
「はて。さっき……?」
「記憶力ないのか、おまえは!俺がおまえを連れ帰ろうとしたとき!
俺の手を叩いただろう。なのにすぐ自分から手をつないできたり」
頭をぐりぐりする可愛がりを避けつつ、私はポンと両手を叩く。
「ああ!……知りたいですか?」
満開の笑顔でエリオットに問いかける。
「あ、当たり前だろ」
「じゃ、そのチョコの袋を渡して下さい」
「ん?ああ」
エリオットから一抱えあるスイーツの袋を受け取り、私はちょいちょいと、指を
こちらに振り、エリオットに顔を近づけるように促す。
「何だよ……痛てて……」
で、軽くエリオットの耳をつかみ、ちょっと嫌そうな顔をするエリオットのお耳に、

「それはそうと、あなたの真後ろに最高級ニンジンレストランがありますよ」
「何ぃーっ!?」
エリオットは、帽子屋屋敷が爆破されたみたいな、驚愕の顔で背後を振り返る。
「どこだ!?おい、ナノ、どこにあるんだよ!?」
何ごとだと目を丸くする顔なしさんを眼中に入れず、必死で探すマフィアスーツの
ウサギさん。私は冷静に、その背中に『張り紙』をし、テープで慎重にとめると、
「ほら、あそこの方ですよ。行って見てみて下さい」
「お、おう!!」
エリオットは慌てて走って行く。

「……フっ」
私はニヤリと笑うと、そのまま帽子屋屋敷の方に走り出した。
家に戻るために走るのなら逃げてることにならないので。

…………

…………

ブラッドの部屋で、私はボスと紅茶を飲んでいた。
「それじゃ、そういうことでお願いします」
「屋敷から住まいを移さないという点が守られるのなら。
そこまでされては、またあいつが荒れ出すからな」
ブラッドは優雅に笑う。
こうして見ると、まあ威圧感はあるけど、そこまで怖いというわけじゃない。
はあ……私もなあ。何だって最初の頃、この人をあんなに怖がってたんだろう。
もっと早く余所者ですと名乗れていたら、エリオットともゴタゴタしなかったのに。

そしてブラッドの部屋の扉が勢い良く開く。
「ナノーっ!!」
むろん、マフィアスーツ姿のエリオット=マーチである。
手には何か紙を握りつぶしておられる。
まず二人きりでお茶会をしている私たちに、軽い嫉妬の視線。
けど何か言う前にボスがなだめる。
「早かったな。エリオット。対抗勢力を完璧に叩きつぶしたそうじゃないか。
さすがは我が腹心だ。実に頼もしい」
「さすがはご主人さま」
私も優雅に茶を一すすりして茶化す。
エリオットはまずブラッドに、何とか笑いかけ、
「あ。ああ。当然だぜブラッド。それよりナノ……」
ソファで正座して茶をすする私に目をとめ、肩をいからせて近づく。
「あら、気づかれました?」
「当たり前だ!!」
怒声が響く。
「街でくすくす笑われ、屋敷についたとき、ガキどもや使用人に爆笑されて、やっと
気づいたぜ!一体何なんだ!俺に黙って出かけるわ、手は振り払うわ、しかも……」
『エロウサギ』と書かれ、くしゃくしゃになった張り紙をこちらにつきつけた。
ボスは平静を保っている……つもりなんだろうけど、顔を伏せ肩を震わせている。

私は笑って張り紙を受け取り、くしゃくしゃ丸め、くずかごに投げた。

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