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■三月ウサギの困惑・上

塔の会議室には、三人の役持ちと一人の余所者が集っていた。
「つまりまあ、すったもんだがあったわけですよ」
私は正座し、ずずーっと茶を飲んで説明を終える。
「ナノ……君はいつになったらテーブルに正座する習慣を捨ててくれるんだ?」
「――はっ!」
グレイに嘆かれ、慌てて椅子に正座する。
「それも、どうかと思うが……」
ナイトメアの声など聞こえない。
で、グレイとナイトメアは私の淹れたココアを飲んでおりました。
ただ一人ユリウスだけが、私の淹れた特製珈琲を不審げに見ていた。
「……妙なものは入っていないだろうな」
「時計屋。またおまえはそんなことを……」
グレイが苦言を呈するが、ユリウスは逆に不快そうに私をにらむ。
「この余所者の女は、どこからかフラリと迷い込んだ。それは理解した。
だが今は三月ウサギの女なのだろう?そんな奴の淹れたものを無警戒に……」
「時計屋っ!!」
うーむ。グレイは激昂してナイフを抜きそうだ。
まあユリウスと三月ウサギは犬猿の仲……という生易しいものではなく、本気の
憎悪を向け合う仲だ。とはいえ、そんなユリウスの言葉さえ嬉しい。
「いいんですよ。無理に飲まなくて。警戒するのは当たり前なんですから」
私はユリウスに、全身全霊の愛想をこめて微笑む。

「うっ……!」
そして私の表情を見た瞬間。
ユリウスがガタッと椅子から立ち上がり、怯えた表情になる。

「へ?」
さすがに予想外の反応に呆けるわたくし。
「……いや、帽子屋を見るときの三月ウサギの表情とそっくりだったんだ、今」
ナイトメアが解説してくれる。やだなあ。私があんなウザ……ゴホン!キラキラな
オーラを放ってるわけないじゃないですか。
「…………」
一方、私の笑顔とユリウスの反応を見比べるグレイ。
彼は……何やら真っ黒なオーラをまとって時計屋を睨みつける。
もちろん恋愛のドロドロ風味ではなく……何というかストレートな凄まじい嫉妬。
もう妬ましくて、うらやましくて仕方ないという感じの。
「まあ一生懸命、餌づけしていた猫が、唐突に現れた奴に懐いてる姿を見たらな」
夢魔の解説、第二弾。餌づけとは失礼な。

「の、飲めばいいんだろう、飲めば!!」
そして空気に耐えきれなくなったのか、ユリウスは苦い顔で珈琲を一口飲み、
「……っ!」
その目が少しだけ見ひらかれる。
よし!と私は心の中でガッツポーズ。
くく、慎重に焙煎したグレード1の厳選最高級豆。
それを持てる技術を全て投入した特製珈琲。
最初から100点狙いですが何か?
……いかん、最近自分で自分がちょっぴりうぜーです。

「92点、だな」
「――っ!」
点数がついた。
なぜか、心が切り刻まれるように痛い。
「時計屋!人に淹れさせて点数など……」
「こいつが勝手に淹れたんだろう、頼んだわけでは……」
険悪なやりとりがやけに遠い。周囲の風景が色あせ、体感温度が低くなっていく。
「ナノ、どうした?」
グレイが心配そうに、私を見る。
「い、いえ……わ、私、そろそろ帰りますね」
私はそれ以上ユリウスを見ていられず、そそくさと帰り支度をする。
「おい……その、悪くなかった……」
ユリウスから声をかけられる。振り返った私は精一杯の笑顔で言った。
「はい!100点目指して、また淹れに参りますね!」
「あ、ああ」
いつか見た顔で、ぎこちなくうなずくユリウス。
それだけが救いだった。

…………

雪をざくざくと踏みしめて歩く。
うつむいていたせいか、すぐ近くに来られるまで気がつかなかった。
「ナノ!!」
ギョッとして顔を上げたのは大げさな反応じゃない。エリオットの声の大きさと、
そこにこめられた怒りの感情には、周囲の人たちも驚いたみたいだった。
「おまえ……何で勝手にクローバーの塔に……!!」
エリオットはスーツ姿で、赤い染みをところどころにつけている。
お仕事が終わってすぐ、私を探しに来てくれたらしい。
「…………」
だけどエリオットは私の表情に何を見たのか、怒鳴りたいのを全身でこらえている
ような顔になる。そして何度か深呼吸し、
「……かまわねえよ。おまえだって、屋敷に閉じ込められてちゃ息がつまるからな。
だが、これからは俺の許可を取れ。命令だ。俺がついていくか護衛をつけるから」
そして、ほら、と手を伸ばしてくる。
んん。命令だと言われれば従わなくちゃいけない。誓約とは厄介なものだ。
「ほら……ナノ」
エリオットはイライラした雰囲気はそのままに、私の手首をつかんだ。

私はパンッとその手をはらった。

「っ!!」
エリオットは一瞬、はらわれた手を凝視し、それから目を丸くして私を見た。
「おまえ……」
「…………ふふ」
私はニコッと笑い、今度は自分からエリオットの手を取った。
「……?」
てっきり私が拒絶の姿勢を貫くと思ったんだろう。
激怒に転じかけた三月ウサギの目に、今度は戸惑いが広がる。
だけど私は何ごともなかったかのように、微笑んでエリオットを見上げた。
「エリオット。冬の街もいいものですよ。お買い物して帰りましょうよ」
「あ、ああ……」
ぎこちなくエリオットがうなずく。

私も彼も賢い方じゃない。
だから恋の駆け引きなんて成り立たないのだ。

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