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■真冬のトリオ漫才

暖炉の炎が乾いた音を立てて燃えている。
私はクローバーの塔の執務室に来ていた。
窓の外は幻想的な雪景色だ。
「出来ましたよ!」
私は顔を上げ、『どんなもんですか』という表情でグレイに答案用紙を差し出す。
有能な補佐官殿はそれを一瞥し、驚愕に目を見ひらく。
「23点!前回より3点上げたな。勉強したじゃないか、ナノ!」
「えへへ。いただいた問題集を頑張りましたから!」
「この調子で頑張れ!俺の助手を務められるようになるときも近い!」
「はい!」
背中を叩いてくれるグレイに、私は胸を張る。

「……つまり、前回は20点だったということか?しかもそれ、塔職員の採用試験
どころか、学校に通う児童が解く問題なんだろう?」

『…………』
後ろから聞こえる冷酷非情なツッコミに、私たちは黙る。
ナイトメアは、執務机に荒縄で縛られ――比喩ではなく本当に……――私たちの
やりとりを、うらめしげに見ていた。
しかし強い私はめげず、グレイの後ろに隠れつつ、
「そ、そ、それでも勉強の成果は出てるんです!!ほ、ほら。私はちょっと前まで
5回に1回の割合で0点を取っていましたよね。
でも今は10回に3回の割合で0点を取るまでに成長したんですよ!!」
「え……それって、結局増え……」
「ナイトメア様!!子どもは褒めて伸ばさないと!!」
子どもじゃないもん。グレイの影でいじいじ。そしてナイトメアは、
「グレイなんて嫌いだ……ナノのことは甘やかすのに私にはガミガミと……」
今度はもう一人の子どもがいじける。私はコホンと咳ばらいし、
「そういうわけで、二回目のノルマは終了ですよ。ではココアをお淹れしますね」
「それは楽しみだな」
グレイは微笑んでくれる。私もニコニコと笑顔を返した。そしてナイトメアが、
「というかナノ、エリオットのことはいいのか?
今の君は、また色んなものが混ざりすぎて読むに読めない状態になっているんだが」
……人の感情を、そこらの週刊誌みたいに、読もうとするなっつの。
しかし、それを聞いたグレイも、表情を厳しいものに改める。
「三月ウサギが君を虐待しているという情報も一部では流れている。
俺は君のことに責任があるつもりでいる。
だから君が望むなら塔としては最大限の支援を……」

「どうもありがとう、グレイ。でも大丈夫ですよ。
エリオットとのことは、自分で何とかしますから」
私は微笑んだ。

『…………』
するとなぜか塔主従が奇妙な顔をする。
「?どうしたんですか?」
「……奴との関係は、どうやら改善されたようだな」
グレイが言う。どこか切なそうな笑みで。
そして私の頭を撫でた。とても優しく、寂しそうに。
「だが君はこれからも通ってくれるのだろう?だから勉強はこれからも続けよう。
俺の助手にならなくても、これは生きていく上で大切なことだし、何より俺は、君の
役に立てることが嬉しい」
「は?は、はい」
何だろう。グレイのノリがよく分からない。一方ナイトメアは、
「まあ吹っ切れて、そんな表情が出来るようになったのなら良かった。
心が読めないくらい、複雑な心境であることは引っかかるがな」
と、(椅子に縛られたまま)トントンと書類を整える。
え?え?だから、誰か鏡を見せてってば。
「ナノ、ココアを頼むよ。早くしないとナイトメア様がぐずり出す」
「あ、はい!」
「『あ、はい!』って……人を赤ちゃん扱いするな、二人とも!!泣くぞ!!」
「ああ、はいはい」
「返事に適当さが漂ってる!!」
何とも情けない夢魔を背に、ココアを淹れに行こうとしたとき、

「芋虫、例の余所者が来た場所というのは……」

この世界のユリウス=モンレーが執務室に入ってきた。

…………

「え、ええと、あ、あの、わ、わ、私は、ナノって、その、言いまして……」
顔を真っ赤にしてうつむく。
もじもじと両の指を絡ませ、何とか可愛く笑おうとした。
でも照れて変な顔になってないかが心配。髪の寝癖、ちゃんと直ってるかな。
こんなことなら、もっと良い服を着てくるんだった。
「何だ、その物言いは。おまえ、馬鹿か?」
挙動不審な私を見下ろすユリウスは、至極まっとうな返答をした。
「は、はい!よくそう言われます。で、でもちゃんと練習問題とか頑張って……」
馬鹿正直に肯定した私に、ユリウスはますます呆れたようだ。
「本当に愚かな女のようだな。蟻のような脳みそしかつまってないんじゃないか?」
「は、はい!いや本当によく言われるんですが……でもですね、日々努力を……」
「そこまでは言われてないだろう、ナノ!それは君の妄想だ!!」
ナイトメアから横から絶叫がする。ユリウスの言動を否定するなんて、何てことを!
「妄想じゃありません!こうであろうという推察です!
私に関係する皆さんは私に大変お疲れで、きっと私のことをそういう風に!!」
「止めろ!20回に2回は0点を取る頭で、推察とか無理をするな!」
「20回に2回じゃないもん!そこまで頭悪くないもん!5回に1回だもん!!」
最後はほとんど涙声だった。
「ナノ!大丈夫だ!君はやれば出来る子だ、俺がついている!!」
暖かい救いの声が横からかかる。
「グレイ!皆がいじめます!!」
「ナノっ!!」
大きな胸の中に飛び込むと、ガシッと抱きしめてくれる腕。
……な、ナイフが痛い痛い痛いっ!!
トリオ漫才から我に返ったけど、グレイはまだあちらの世界にいる。
「時計屋!この子をいじめるのなら、俺は容赦しないぞ!!」
「いや、その、何なんだ?おまえら……」

流れからはじき出され、困った顔のユリウス。
彼を睨みつけるグレイは……揺るぎなき保護者オーラをまとっていた。

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