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■三月ウサギと山登り

よく晴れた朝……という時間帯はないので昼の時間帯のこと。
――ていうか、夕方はあるのに何で夜明けや朝がないんでしょう?
いやいや、メチャクチャな世界だし、国によって朝とか夜明けの時間帯があったり
するのかな……想像がつかないですね。
ンな希望に満ちあふれてそうな不思議の国。
でももし、不思議の国の夜明けを見られたらどんな気分がするだろう。
……と、現実逃避にひたっていると、

「いいか!決して気を抜くんじゃねえ!」
「サー!イエッサー!!」

私はエリオットのゲキにビシッと敬礼して応える。
ここは帽子屋屋敷の門の前。
私ら二人、これから冬山登山ですかというくらい、気合いの入った格好をしていた。
ううう、登山帽に各種防寒具、登山道具はもちろん非常食や応急手当セットの入った
重い重いリュックサック。もう米袋担いでる気分ですよ!
元々行きたくないのに、出発前から気が滅入るよう……。
で、なぜか、エリオットから出発前の演説っぽいことをされている。
「リーダーの命令に従い、勝手な行動はするな!」
「サー!イエッサー!!」
こんな私たちは、もちろん注目の的であった。
「馬鹿ウサギとナノ、休憩時間つぶして何やってるの?」
「お金にもならないのに山登りとか、本当にひよこだよね〜」
後ろからボソボソやってる声は聞こえない!
「やる気がないなら来るんじゃねえ!気合いを入れてついてこい!」
「アイアイ・サー!」
……やる気がないので、出発前に欠席出来まいか。
「それでエリオット様、何されてるんですか〜?」
「ナノにもハロウィンの飾りつけを手伝ってほしいのに〜」
「デートだからと浮ついて、仕方のない奴だ」
後ろから使用人さんと、ダルそう〜なボスの声。
……デートに見えるんだ。この雪中行軍に出かけるみたいな格好で。

そして最後にエリオットは見送り?野次馬?に来てくれた皆さんを見る。
「それじゃ、行ってくるぜ!ブラッド!必ず生きて帰るからな!!」
ボスは涼しい顔で紅茶を立ち飲みされていた。
「必ず戻れ。というか戻ってもらわないと、私が働くハメになる」
「優しいブラッド!ブラッドのために、俺は必ず山頂を制覇してみせるぜ!!」
『ワケわかんねえ……』と、この場にいたエリオット以外の全員が思ったであろう。
そもそもブラッドを心配させないのなら、出発しなければいいわけであり……。
あ、そういう方向で説得をすれば――。
「それじゃ、いくぜ!ナノ!!」
「いってらっしゃい、エリオット!」
「行くぜ!!」
「いやあああーっ!!」
悲鳴を上げて拒否するが、引きずって連れて行かれる。
最後に屋敷を振り返ったとき。見送りの皆さんは、屠×場に送られる小羊を見る目で、
私を見ておりました……。

…………

…………

「はあ、はあ……うう……やあ……」
前略、ナノです。××シーンの最中ではございません。山登り中です。
「ナノー!まだ三時間帯も経ってねえぞ!もっと頑張れよ!!」
先へ行くエリオットが私を激励する。
「は、はい……はあ、はあ……」
登山用ステッキで地面をつき、おばあちゃんみたいに腰を曲げ、山道を緩慢に進む。
ううう、最近はエリオットに屋敷の中で飼われて、めっきり体力が落ちてる。
前は薪割りしてたから、カボチャを一刀両断出来ないなんて考えられなかった。
そう、ちょっと前まで屋敷の外の畑で働いてたんだっけ。
毎度毎度川まで水をくみに行って、畑を自力で開墾して。
あのときの体力だったら、山登りくらい楽々出来たと思うんだけど。
とはいえ、以前の時間帯には戻れない。
「…………」
何だろう。ちょっと胸が痛い。でもエリオットは怖い。だから胸の奥に隠す。
私はご主人さまの背中を目指して一歩一歩進む。
とにかく私が進まないと、帰るに帰れない。
ううう、汗がドッと出るけど、今、水を飲み過ぎたら山頂まで保たない。
ああ、もうダメ……とよろめくと、
「ほら、しっかりしろよ」
ガシッと手をつかまれ、引っ張られる。
「あ、ども……」
助力を得て、また歩き出す。
半分も行かないうちに息絶え絶えな私と違い、エリオットは元気いっぱい。
平坦な道を歩いてるみたいにスタスタ登り、しかも鼻歌まじりだ。
「おい!ナノ見ろよ!野生のシカが通ったぜ!」
「あ、そうですか……」
けど、鹿さんはエリオットの大声に驚いたのか、逃げる音がちょっと聞こえただけ。
「しっかりしろよ、ナノ!先は長いぜ!」
「……はあ」
さらにやる気を無くしてくれる一言に肩を落とし、私はまた歩き出した。
――何でエリオットは山に登ろうなんて言い出したんですかね……。

…………

「ナノ!ナノ!おい、出来たぜ」
「ん……?」
まぶたの向こうにパチパチと懐かしい色。
――そうだ。エリオットに、ニンジンをゆでてあげないと……。
「!」
そこで思い出す。丸太小屋じゃなくて、キャンプの最中だった。
今は夜の時間帯。エリオットは騎士よろしくテントを貼り、野外料理の真っ最中。

結局、私は半分くらいエリオットの助力で進んだ。
その後、夜の時間帯になったこともあって、テントをはったのだ。
疲労困憊の私はへたばって休ませてもらってウトウト。
で、私はエリオットのおこした焚き火を、暖炉の炎と勘違いした。
そしてほんの一瞬だけガッカリする。
――て、何でガッカリしてますか、自分。
あのときは顔なしを装っていたから、周囲からの扱いは軽かった。
エリオットとは良好なときがほとんどだけど、最悪、いや凶悪だったときもあった。
嫌な思い出にノスタルジーを感じるほど、時間帯も経ってない。
私は無駄な思考を、首を振って追い払い、起きることにした。
「ごめんなさい、エリオット。休んでばっかりで何も手伝えなくて……」
かけてもらった毛布から身体を起こし、エリオットを見た。
「ん?かまわねえよ!ほら、たくさん食って元気出せ!」

エリオットは上機嫌で私に差し出す……大変よく焼けた、焼きニンジンを。

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