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■季節の到来、季節の憂鬱

帽子屋屋敷は、見るも見事な紅葉に包まれていた。
「…………」
私はその景色を楽しむこともせず、エリオットの部屋の窓辺に座っている。
窓枠に両腕を乗せ、そこにあごを乗っけてぼんやりしていた。
そして、私の耳に誰かが駆けてくる音がする。
立ち上がり、振り向くと、大きな音を立てて扉が開き、三月ウサギが入ってきた。
「ナノ!」

「エリオット、おかえ……」
「ナノーっ!」
「ぐはっ!!」
し、駿足だった。高速で駆けて来るなり、容赦ない力で抱きつかれる。
「お、おかえりなさい、エリオット……ちょ、苦し……」
ろ、肋骨がギシギシと!!背骨が!背骨がっ!!
「ん……む……?」
そんな悶え苦しむ私の唇に深いキスが落とされる。
圧迫に加え、呼吸困難!?こ、今度こそ始末されるっ!!
「会いたかったぜ。ちょっと離れるのも我慢出来ねえよ」
「…………」
切なそうに抱きしめるエリオットと裏腹に、私は久々のお花畑を見ていました。

…………

「大丈夫か?ナノ」
「ゲホっ……え、ええ。内臓器官は無事だと思いますが」
「は?」
「あ……いえ」
白目むいて意識が遠のきかけたときは、今度こそ終わりだと……。
で、エリオットは私の顔を心配そうにのぞきこんだ。
「ガキどもから聞いたぜ。時計野郎に会って、因縁つけられたらしいな」
「え、ええ。まあ……」

ブラッドとのお茶会が終わってから、エリオットの部屋に戻って来た。
双子が遊びに来たり、使用人さん達がパーティーの飾りつけの誘いに来たりしたけど
どれにも生返事をしただけで帰っていただいた。
あとはエリオットの部屋に閉じこもり、ずっと窓辺に座っていた。

「よっと」
で、ぼふっと私は固めのベッドに下ろされる。
エリオットは私を抱っこしてベッドに移り、自分も横になって私を抱き寄せる。
やっぱりちょっと石けんの匂い。お風呂に入ってきてくれたらしい。
「ナノ……」
また抱き寄せられ、大きいウサギさんにすりすりされる。
私は目を閉じて、されるがままになっていた。
「すまねえ……!やっぱりおまえを仕事について来させるべきだった!
俺が間違ってたぜ!あいつに会って怖い思いをしたな!
やっぱり時計野郎は宿敵だ!許せねえ!!」
「あ、えーと……」
気のせいか、勝手に話が作られてる気がしないでもない。
怖い思いも何も、一言も口を聞いてないのだし。
――私……ユリウスに会いたいんですかね……。
そう自分に問えば、答えはNOだ。会う理由がない。
私が懐いたユリウスは別の世界の人。こちらの彼とは完全に初対面だ。
それに私はエリオットにもう逃げない、嘘をつかないと誓った。
こんな状況では、知人レベルへの昇格すら困難だろう。
――いろんな人に迷惑がかかりますしね。
でも、また皆にも会いたいなあ。
塔やお城に、またお茶を淹れに行けるように、許してもらえたら……。
「ナノ……あんな陰険な奴のことなんて、すぐ忘れさせてやるからな」
「……」
まるで心を見透かされたように言われ、ドキッとする。
けど私が怯えていると勘違いしたエリオットは、少しずつ私の服を緩めていく。
私は目を閉じてキスを受け、徐々に深くなる愛撫に身を任せた。

…………

私は床に座布団を敷き、一番摘み玉露をすする。
膝で寝る猫はいないけど、代わりにウサギはいて、室内をぴょんぴょん跳ねている。
「ナノ!××時間帯後に山登りに行くぜ!やっぱり夏の登山はいいよな!」
やっぱりそうか。エリオットは室内に、どこかの騎士よろしくキャンプ用具を広げ、
『二人分』のリュックサックに楽しそうにつめていた。
「エイプリル・シーズン最初のデートだな!季節を楽しまねえと!」
夏=登山というのは短絡すぎませぬか。
夏場は夏場で、天気の変化や増水など事故が多いのに。
やはり危険。私は速やかに玉露を飲み終えると、立ち上がり、
「エリオット。私、用事を思い立ちましたゆえ、失礼いたします」
「待てよ」
「ぐはっ!!」
そそくさと部屋を出ようとするのを、襟首つかまれて引き止められる。
「…………」
ずるずるとエリオットの方に引きずられ、気がつくと間近にウサギさんが笑顔で、
「ナノ、俺と山登りに行こうぜ!」
「あ、あの。出来れば室内で楽しめる遊びがいいのですが。カードゲームとか」
「それじゃ季節の意味がねえだろ?ああ、でも脱衣――」
「てい」
容赦なく、エリオットの足を踏む。
「いってえ!!じょ、冗談だろ!?」
黙れ、セクハラウサギ。

ベッドに寝そべって、私たちは登山ルートを確認する(というか、させられる)。
「地図を見る限り、ルートが複雑そうだけど、大丈夫なんですか?」
エリオットのお耳をさわさわ撫でながら言う。彼はくすぐったそうにしながら、私の
手をはねのけることもせず、私のお腹を抱く。
「基本的に、自分のトレイルに沿って登れば良いって、騎士が言ってたぜ。
ただこのザレ場は、俺はともかくナノだと滑落するかもしれないって言われた
から、こっちの岩場のコースに行く。ゴーロ地形だが、傾斜が緩やかだし、踏み石が
しっかりしてるから、おまえでも大丈夫だろうって、迷子騎士野郎が」
登山用語を交えつつ、エリオットが説明してくれる。
「…………」
しかし、山登りについて、騎士にアドバイスを受けるマフィアの2。
いや、トレイル――踏み跡が残るくらいアウトドアを満喫してる騎士も……。
い、いや、今さらツッコミを入れるまい。というか入れたら負けな気がする。

「楽しみだなあ!」
地図をしまい、エリオットは抱き枕よろしく、さらに私を引き寄せる。
私は耳を触るのをあきらめ、彼の腕の中で大人しくし、胸に頬を寄せる。
感じるのは規則正しい時計の音。
今はとても安心する音だ。
――というか、エイプリル・シーズン中は引きこもってる予定だったのに。
やっぱり外に出たくないなあ。こんなデートはしたくない〜。
あと、お尻撫でないで下さい、エリオット。さっき散々サービスしたでしょうが。
「エリオット。あのですね。私はやっぱり疲れるので、ご辞退を……」
「おまえも楽しみだよな!ナノ!!」
輝くばかりのキラキラした笑顔で言われる。
「…………はい」
権力に屈した、笑顔の暴力に屈した。いいやキラキラに屈した。
んでまあ、いつものことではありますが、エリオットが私のボタンを外していく。
愛撫が露骨になっていく中、私はため息をつく。

抗争でも何でもいいから、エリオットに急な仕事が入って、キャンプが中止になり
ますように……と、不謹慎なことを深く深く深く願いました……。

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