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■店を改装した話2

「ここはクローバーの塔の管轄だが、マフィアの連中が睨みをきかしている。
だから君の店には、人があまり立ち寄っていないという報告だ」
「来てますよ……お客さんはちゃんと」
「帽子屋屋敷の連中や、傘下の構成員、黒服の連中がな」
「…………」
「奴らは顔なしには冷酷非道だが、君には礼儀正しく金払いもいい。
だから君も追いかえしにくい。そうだろう?」
「…………」
「だが長期的に見ればマイナスだ。マフィアの関係者がたむろする店など、一般人は
近づかないし、悪評でさらに人が遠のく。ブラッド=デュプレの狙いは、そうやって
君の体力をじわじわと削いでいくことにあるだろうな」
「でも、役持ちの人はマフィアを怖がらないですよ」
「だが連中も役を持つ以上、君にばかり構ってもいられない。君は白ウサギが苦手で
介入を嫌がる。君の意思を尊重するがために白ウサギも表だって君を援助しにくい。
騎士は迷ってばかりだし、森の動物は気は良くてもマフィアへの影響力は無い」
私は湯呑みを静かに置いて立ち上がった。
「ありがとうございます、グレイ。でも本当に大丈夫ですから。あと、もう遅いので……」
チラチラと扉を見て『そろそろ帰ってくれないかな〜』的な含みを込める。
けれど、グレイは私を見ている。帰る気配がない。
「ナノ。店を続けたいんだろう?いくら欲しい?」
「……もうお帰りください。仕事があるんでしょう?」
「君の店に関しては俺とナイトメア様しか知らない極秘の予算が組まれている。
店の健全化には俺も義務がある」
「それには感謝しています。ですから……」
私は『帰ってくれないかな』的意味で扉を見る……フリをして、自分が逃げ出す隙を
うかがう。グレイはテーブルの向こうから手を伸ばし、私の手に触れようとした。
「!」
とっさに手を引き、立ち上がる。
「わ、私、用事がありますから!」
ガタッと立ち上がり、扉へ逃げようとして……足がもつれ、すっころんだ。
うう、ぶつけた……アザになった……。
「ナノ。大丈夫か?君は要領の悪い子だな」
グレイが私を抱き起こし、ついでに抱きしめる。
「ナノ。頼むから、クローバーの塔に店を移してくれ。
あそこなら君を守ることが出来る。君は笑顔でいられる」
「グレイ。帰って下さい」
彼の言うことは分かる。でもあの塔に住めば、私はグレイの物になってしまう。
……ある人を待つという決意が揺らぐ。
その人のことを忘れてしまう。
それがとても怖い。
「……っ!」
グレイが唇を重ねてきた。腕の中でもがいていると、
「なら君との一晩を買おう。無理に金を置いて、後で突き返されるのは悲しいからな」
顔が真っ赤になり、瞬時に頭が沸騰する。必死に暴れてあちこちをぶつけながら、
「離して!大声を出しますよ!」
「なら塔に行こう。たまには泊まっていってくれ」
そう言って、私を難なく押さえ込みながら扉に行こうとする。
「ダメです。八時間帯後に、新しい紅茶が届くんです。あれは本当に苦労して……」
何しろ女王にマフィアとライバルが多い。もちろん他のカフェとの競争もある。
『これをお客さまに飲ませたい!』と思う紅茶を手に入れるのは本当に苦労した。
しかもコネを使わず自力での入荷だ。
ブラッドに気づかれないよう、自分なりに入荷ルートにも気をつけて、妨害もされず
あとは届くのを待つだけ、というところまでこぎつけた。
「あの紅茶だけは……」
「なら、やはりここでやるしかないな。静かにしていてくれ」
そう言って、グレイが私の胸を撫で上げる。
「っ!」
「ナノ……愛している」
「グレイ、離して……」
そして、奥の小さなシングルベッドに、私を引きずっていった。

…………
テーブルの上に置かれた紙幣は、一晩の対価には重すぎる厚さだった。
私は下着姿のまま、しばらくそれを眺め、突然、その紙幣をびりびりに破きたい
衝動にかられた。
でも、現実にはそうはしなかった。
緩慢に紙幣を数えると、奥にある秘密の金庫にそっとしまった。
頭の中にあるのは、これでどのくらいの時間帯、食べられるか、店が続けられるか
ということだけだった。
そして部屋の窓を小さく開ける。
風と光が差し込み目を細める。でも見えるものは変わっていない。
もしかしたら、寝ている間にまた引っ越しが起こっていないか。
懐かしい塔が見えないかと思って。
そんな何気ない思いが叶ったことはない。
「身体、洗わないと……」
裸足で浴室に向かった。

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