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■秋のお茶会

前の不思議の国にいた時のこと。
私は一人の役持ちに、とても懐いていた。
何でなのか、私にも彼にも分からない。
彼とはほんの短い時間帯だけ一緒に暮らし、それ以後、一緒に住むことはなかった。
私は彼の部下になることを望み、かなわないまま、別の世界に来た。
ただ、それだけ。

…………

…………

帽子屋屋敷は秋まっさかり。
はらはらと落ちる木の葉を眺めながら、私は正座して茶をすする。
「ナノ、紅茶のお茶会でグリーンティーを、しかも椅子に正座してすするのは
止めなさい。ただでさえ昼間のお茶会なのに、余計に気が滅入りそうだ」
「…………」
秋の寂しげな陽光を受け、私は背中を丸め、無言で茶をすする。
「ナノ、だから背中を丸めるのもよしなさい。
猫背になるし、この季節では哀愁が漂っている」
「…………」
「ナノ……今晩は私の部屋に泊まっていくか?」
「――っ!」
身の危険を感じ顔を上げる。
と、目の前にはダルそうなブラッドがいた。
「あ、ども……」
そ、そうだった。あれから双子たちと屋敷に戻って。
それからお茶会に出席したんだっけ。
元々はブラッドとエリオット、それに私という、三人のお茶会の予定。
だけど、エリオットがお仕事で戻らない。
でもボスが予定変更を嫌がったので、ボスと腹心の女、その二人だけという、かなり
微妙な組み合わせでのお茶会になった。
で、エイプリル・シーズンうんぬんの話をしてたんだっけ。

「それで、何のお話でしたっけ。確かハロウィンがどうのこうのと。
あ、それで、私もディーとダムに誘われて、ジャック・オー・ランタンの飾りを
作ろうかと思ったんですよ」
正座をくずし、緑茶の湯呑みをテーブルに置き、ニコニコニコと紅茶をすする。
ディーとダムは、大喜びで屋敷の飾りつけに奔走しているはずだ。良きかな。
「……まさかりの突き刺さったカボチャが、厨房に放置されていたのはそのためか。
使用人たちは全員一致で、君のしわざと確信したそうだ。
とりあえず手近の斧でぶった切ろうとして、見事に刃物が抜けなくなり、発覚を恐れて
逃亡したのであろうと」
「…………出来心でした。どうかお慈悲を」
ボスは紅茶を飲み、茶うけのスコーン(notオレンジ色)を上品にかじる。
「むしろ出来心でしかやれないだろうな。言っておくが、仮に、君のやり方が成功
しても、真っ二つに分断されたカボチャとまな板が生産されるだけだ」
「あう」
私はこちらに押しつけられた大量のオレンジ菓子に泣く泣く手を伸ばす。
ジャック・オー・ランタンは根気よく中身をくり抜きませう。

しばらく落葉を眺めながら雑談が続く。
そしてふいにボスが言った。
「塔の近くで時計屋に会ったそうだな」
「…………はい」
私は紅茶を飲むフリをして表情を隠した。
「余所者ですから、それについてあれこれ言われて……」
いやあ、ユリウスの剣幕といったら凄かった。
『いったい誰が密入国させた!』『外部との境は私の支配下だぞ!』
怒ってたというより、あれ、パニくってたんじゃあるまいか。
通行人さんの注目を集める大声で、いろいろ怒鳴り散らされた。
しかし、ほぼチートでこの世界に入ってきた私は、どう説明したものか困り果て。
そのうちイライラした双子が斧でユリウスを攻撃。二対一のユリウスは『芋虫に話を
聞かねば……』と舌打ちして引き、塔の方へ足早に戻っていった。
私は双子に護衛していただき、安全にお屋敷に戻れましたとさ。

「暗い顔をしているな、ナノ。そんなことではエリオットが心乱れ、君に本意
ならざることをしでかす可能性がある。そんな顔は止めなさい」
「はい……」
うーむ。エリオットはすぐに私を疑う。自分のそばにいさせようと、しばしば乱暴な
手段に出る。もちろん、本来はそんな××な真似をする人じゃない。むしろ私がその
行動を助長した。自衛のためとはいえ、何度も嘘をついたり逃げたりしたし。
それでまあ、互いに互いを今イチ信用出来ないのだ。
そして、それとは別に時計屋に関する悩みは深刻だ。
そう簡単に気分が晴れたら苦労はしない。
私がうつむき、紅茶をちびちびと飲んでいると、
「ところで、君ごひいきの茶屋の、初夏一番摘み玉露が屋敷に届……」
「いやあ!!人生ってバラ色ですよね!!エイプリル・シーズン最高!!」
パアーッと笑顔になり、紅茶を一気のみ。オレンジ色の菓子に次々と手を伸ばす。
我らがボスは単純な私に苦笑してシメの一杯を飲んだ。
「まあ葬儀屋などに自分から関わる必要はない。
エイプリル・シーズンの間はずっと屋敷にいるといい」
「そうですね」

私はブラッドの言葉に、真剣な顔でうなずいた。

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