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■エイプリル・シーズンの到来・下

「ん……」
布団の中でごろんと寝返りを打つ。何か寒いなあ……。
そしてノックの音に気がついた。
「んん?」
薄目を開ける。カーテンの外は明るくない。夜なのかな。
私は夜は寝る習慣。それは屋敷の人たちもエリオットたちも知っているはずだ。
「ん〜〜」
また布団にくるまり、眠りの国に戻ろうとした。にしても寒い……。
そして扉をドンドンと叩く音がする。
『ナノ、ナノ!開けてよ!』
『僕らだよ!馬鹿ウサギに命令されて、ナノを屋敷に送りに来たんだ』
「へ……?」
寒くてすぐに眠れなかったこともあり、私は少し震えながら起き上がる。
おかしいな。寝る前はこんなに寒かったっけ。
「――っ!」
そこで思い出す。そうだ、あのエロウサギ……コホン、失礼。エリオットとここの
安ホテルで……えーと、親睦を深めまして、で、エリオットが仕事に行き、私は
ちょっと休ませてもらってたんだっけ。
「あ、ごめんなさい、二人とも。ちょっと待ってて下さい!」
シャワーを浴びて服を着替えないと。
慌てて布団をどけ、シャツ一枚姿で素足を床に……
「さ、寒っ!!」
な、何ですか、この寒さは!
身体がガタガタ震え、歯の根が鳴る。慌てて布団の中に戻ったけど、でも寒い。
お、おかしいな。エリオットと×××したときは、そんなこと思わなかったのに。
『ナノ、入っていい?入るよ?』
『シャワーまだなの?僕らが背中を流してあげるよ』
「いい!いいです!すぐ浴びますから!」
いろいろ身の危険を感じ、寒いなどと言ってられず、私は浴室に急いだ。

…………

着替えて、椅子に座りながら震えていると、ディーとダムが入って来た。
「ナノ、ほら、フロントからホットミルクをもらってきたよ」
「どうもすみませんです、ディー」
大きくなってるディーに湯気の立つミルクのカップをいただく。
「風邪を引いたら馬鹿ウサギが怒るからね。コートも買ってこさせたよ」
「ありがとうです、ダム」
ダムが何か高価そうなコートを肩にかけてくれる。お金は……聞くまい。
しかし私は違和感を抱く。
コートを肩に引っかけ、カップを持ったまま、スタスタと窓際に歩き、カーテンを
しゃーっと開ける。
「うわ……」
思った通り、街は真っ白だった。今も雪がちらちら降っている。
「ううう、寒い寒い寒い!寒いわけです。雪が降ってるじゃないですか!」
八つ当たりのように二人に怒鳴ると、
「うん、それはエイプリル・シーズンだからね」
「全く。いろいろ不安定な時期にナノを放っておくなんて。
馬鹿ウサギはやっぱり馬鹿だよね」
「ええ、ええ。だって、いきなり冬になるなら……」
いきなり……?あれ?いつから冬に……?
それにクローバーの塔の場所が動いてるような……。
――それに、ずっと前にも同じようなことがあったような……。
あれ?あれ?何だか頭がぼんやりする。きっと寒すぎるせいだ。
そして双子がそばに来て、私に促す。
「ナノ。ずっとここにいたら寒いよ」
「帽子屋屋敷に帰ろう。向こうは秋だからもう少し暖かいよ」
「っ!そうですね、ディー、ダム。帰りましょう!」
暖かいと聞き、すぐに私はうなずいた。

…………

ザクザクと新雪を踏み、三人で雪の街を歩く。息が白く、手がかじかむ。
「ほら、ナノ。手をつないで」
「僕たちと手をつなごう、ナノ」
「へ?いえ、別に大丈夫ですから……」
しかし言い終わる前に双子にそれぞれの手を取られる……うう、恥ずかしい。
キョロキョロと辺りを見回すけど、クリスマスの飾りや雪だるまは見当たらない。
「まだイベントごとは始まっていないんですね」
「うん、どこもこれからだと思うよ」
「サーカスもまだ準備中だろうしね」
――サーカス……。
どうしてだろう。胸になぜか切ないものがこみあげる。
そこで『あ、そうだ』と、あることを思い出した。
私は冬の領土を出ようとしている二人に声をかけた。
「ディー、ダム。屋敷に帰る前によりたい場所があるんですが……」

…………

「ここ?普通の店じゃない」
「ここがどうしたの?ナノ」
「ええ、まあ……」
不思議そうに見てくる双子に言葉をにごす。
雪のちらつく、何の変哲もない店の前。
私は前の不思議の国にいたとき、ここに店を構えていた。
なぜ来たくなったのかは分からない。でも確認出来て、満足した。
「何でもありません、記憶違いでした。帰りましょう」
二人に笑って、クローバーの塔に背を向ける。

そのとき。

「余所者……?余所者がなぜ、ここにいるんだ!?」

「――っ!!」

その声を聞いた瞬間に全てが凍りつく。
私の思考も、周囲の風景も、何もかも。

双子が私を守るように、背後に移動し、斧を構える音がする。
「うるさいなあ。勝手にどこかから入ってきたって芋虫は言ってたよ」
「今はうちのひよこウサギの女だからね。
手を出したら帽子屋ファミリーが黙っていないよ?」

だけど、振り向かないわけには行かない。
そして振り向いた先にいたのは……。

「また帽子屋か……あそこの連中は、どいつもこいつも……」

ブツブツつぶやく陰気な声。私の前には、私を守るように立つ双子。
その向こうに見える、長い藍の髪と黒いコート。


時計屋ユリウス=モンレーが私をにらんでいた。

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