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■ナノ、嘘と逃げ癖を反省する

ヘタレの鉄則。人がいるときは強気。二人きりになると弱気。

三月ウサギの部屋に入るなり、私は土下座して、床に頭をぶつける勢いで絶叫する。
「すみません!すみません!いや、本当にすみません!確かに最近ちょっとばかし
出しゃばって意味不明な一人語りとか自己完結とか痛い行動が増えたような気がして
はいたんですよね。本当すみません!あなたのニンジンタイムを妨害するとか、最近
ちょっと調子こいてました!これからは反省して紅茶しか淹れない無口謙虚誠実正直
ナノさんになりますから折檻だけはお許しを!」
額をじゅうたんにつけ、ピタリと静止。
そして沈黙。
「……いや、俺も悪かった」
三月ウサギはそれだけ言った。私は顔を上げる。
そしてジャケットやストールを外すと、ベッドに座り、私を手招きする。
大人しく従い、つつつと、ベッドに行く。
いかなるプレイを強要されるか、あるいは今度こそ殴られるかと怯えつつ。
そして三月ウサギに抱きしめられた。
「…………」

「ナノ、おまえが好きだ」

大きな腕に身体を抱きすくめられる。オレンジの髪が頬にかかり、身体に彼の時計の
音を感じる。私は身体を動かさない。
「おまえが俺を嫌おうと、ウソをつこうと、逃げようと、俺はおまえを手放す気は
ねえ。おまえを守る。大事にしてやる。可愛がってやる。だから……」
言葉を切る。
「俺を怒らせるようなことはするな。でないと、俺はおまえに何をするか……」
うーむ。何というか、もうすでにいろいろされた気もするんだけど。
「さっきのアレ、怒りました?」
それだけ小さく言う。するとフッと三月ウサギが苦笑する気配がした。
「まさか。俺だけ怒って、おまえに怒るな、なんて言えるかよ」
髪を優しくなで、首筋にキスをされる。
「本当に、馬鹿だな。おまえは」
そして襟元のボタンを一つ二つと外される。
だから馬鹿って言う方が馬鹿なんだってば。
傷のついた箇所を優しく舌が這い、どうも手が怪しげな動きをし出す。
「甘やかしたくなって、本当に困るぜ」
「…………」
やっぱり嫌いになれないですね。
どれだけアレな人、いえウサギさんと分かっていても。
疲れることは疲れる。愛されたり連れ回されたり、逃げたり泣いたり怒ったり
怖がったり。とにかく疲れる。

……だけど、私に非があるのも確かだ。
嘘をついたり、好きだと言ったり、逃げたり、態度を変えたり。
紙で出来た風見鶏のように、そよかぜで向きを変え、怖いとすぐに逃げ出す。
三月ウサギは××で×××だけど、まっすぐな人だ。
こんな臆病な女が恋愛対象では、彼だって疲れているに違いない。

反省だ。反省しよう。嘘良くない、いつまでも怖がってちゃいけない。
もう三月ウサギには逆らわない。逃げず、捨てられるまでそばにいる。
三月ウサギさんにもう少し恩返しがしたい。私も大事にしたい。
私を助けてくれた大好きなエリオット=マーチを。

「ん……」
「何を考えてるんだ?ナノ。俺につく嘘か?」
胸を愛撫しながら、エリオットが優しい声で皮肉を言う。
だから私もニコニコと、しかし重々しく宣言した。

「前から言おうと思ってたんですが、あなたは犬ではなくウサギです」

……その後の責めはエラい激しかった。
だって今さら何を言ったって絶対に信じてくれないじゃないですかー。

…………

帽子屋屋敷の門の前で、私はピアスにお願いする。
「それじゃ、お願いします」
「うん、分かった。ボリスにマタタビ紅茶の缶を持って行くんだね!」
「その後、塔にココアの缶を持って行って下さい」
「うん!うん!そうしたら、ナノが俺のためだけにチーズ珈琲を作ってくれるって
言うんだもん。俺、頑張るよ!!」
ピアスは目をきらきら輝かせて、森の方向に走っていく。
ハートの城にも、最高のブレンドティーを送ってある。
これでビバルディの気が済むといいんだけど……切れる宰相様が、いつまでも紅茶の
係を補充しないってことはないだろうし。

エリオットの目を思えば、他の領土に気軽に出入り出来ない。
現に第一回目から大騒ぎだった。なので紅茶とか淹れに行くのは一度、お休みにする
ことにした。義理を欠くことになり大変申し訳ないが、今はエリオットが荒れやすい
状態だし。お休み中、私に出来るのは、定期的に紅茶やココア缶を送ることだけだ。
「……『俺のためだけ』も何もチーズ珈琲なんてピアスくらいしか飲まねえだろ」
私の後ろで、ボソリとエリオットが呟く。そして少し暗い声で、
「……本当は、もっとおまえがゴネるか、また逃げると思ってた。
また、おまえを泣かせたんだし……」
と、私の頬のバンソウコウを剥がす。その下はもうきれいになっていた。
私はエリオットにかがんでもらい、サワサワとウサギ耳を撫でる。
「考えるのは苦手なんですが、考え終わりました。
人間、やはりまっとうに生きていくべきなんですよ。
逃げたり嘘をついたりするのは良くないし、一度立てた誓いも守るべきです。
嘘は泥棒の始まり、三十六計逃げるにしかず、長いものには巻かれろ!」
「……それ、おまえの新しいボケなのか?遠回しの嫌がらせか?ええ、おい!」
頭を大きな手がわしゃわしゃと……いやあっ!髪がぁ!
「本当に……馬鹿な奴」
でもエリオットの声は笑っている。笑いながら私を抱きしめる。
そのまま互いに何も言わない。私は、時が戻ったような、温かい気持ちになっていた。

…………

そして、私ごときにあしらわれた役持ち連中が黙っているはずがなかった。

数時間帯後。
塔からは大量の抗議書となぜか、こくご・さんすう・どうとくの問題集×××枚。
城からは、まだサインされていない兵士やメイドの処刑執行書××枚が届いた。
チェシャ猫はドアを使って直接抗議にやってきて、騎士は当然のごとく迷い込んで
きた。あと、なぜか宰相様もご一緒に。

「ナノ!会合で言ったことはちゃんと守ってよ!
ダメなら、これからは俺が帽子屋屋敷に紅茶を飲みに来るからね!」
「あはははは!騎士らしく、マフィアに囚われてるお姫様は助けないとね。
そういうわけで旅に出ようぜ、ナノ」
「愚かな女だ。マフィアに洗脳され、以後は来ないと?やはり自我のないような
怠惰な小娘は僕が直接しつけるしかない。道具も用意したし、今すぐ来なさい」
「うるさいな!門の前でナノに構ってないで、とっとと帰れよ!」
「そうだそうだ〜、ナノは馬鹿ウサギから僕らがさらう予定なんだから〜」
「すみません、すみません。ボリス!でもエース。あなたとは何も約束してませんし
旅に出る義理も何も無いんですが。あとペーター、道具って何すか!
ディーもダムも変なことを言わないでくださいよ!」
謝罪と抗議とツッコミを同時に行いつつ、私は助けてくれる飼い主を目で追う。

……こんなときだけ木の根元に座り、バスケットを開けて、ニンジンスイーツを
食べてないで下さい、エリオット!
ていうか、あんたが私にニヤニヤしながら食ってるソレ、一緒に食べるはずだった
私の分のおやつ!!こ、こ、この前の仕返しかコラ。
食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!……て、それエリオットもですか。
が、抗議をしようにも他の役持ちの方への対応に追われ、それどころではない。
エリオットはバスケットを着々と空にし、門の前は、いつまでも騒がしかった。

こうしてまあ私と三月ウサギは、追い追われ、飼い飼われ、脅され降参し、逃げては
捕らえられ、嘘をついては怒られ、また脅され反撃し、話し合って抱き合って……。

いちおう休戦状態になったのだった。

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