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■卓上の聖戦〜ナノのお遊び

それから少し経った夜の時間帯のこと。
屋敷の外でお茶会が開かれることになった。
小規模なお茶会ということで、今回のお茶会は小さめのテーブルで行われた。
「今回も美味そうだな!」
テーブルに次々とのせられるニンジンスイーツの数々に、早くもエリオットは目を
輝かせる。一方、紅茶係の私は、紅茶をティーカップに注ぐ。
長袖で、その下は包帯やバンソウコウだらけだ。
うん。紅茶はきれいに注げた。色、香りともに問題ない。
「どうぞ」
出来る限り素っ気なく、ボスに渡す。
「どうも」
ボスはそれを受け取り、貴族のような仕草でカップを持ち上げる。
すぐには飲まず、水の色を目で楽しみ、香りを味わう。
それからやっと一口含み、目を閉じて口の中で転がす。
そして飲み込み、後味と余韻を味わうのだ。
「いい紅茶だ。ありがとう、ナノ」
お気に召していただけたらしい。
私はホッとして席に戻る。そして何より初めに、三月ウサギの真横に置かれた椅子を
……ずるずると引きずり、気持ち、三月ウサギから遠ざける。
「ナノ〜」
今にもニンジンケーキに手をつけようとしていた三月ウサギ。
その立ったお耳がしょぼんと垂れた。
……悔しいけど可愛い。だから私は立ち上がって三月ウサギのところに行く。
近づく私を見て、ピンと立ち上がる三月ウサギの両耳。
私は三月ウサギの方に手を伸ばし……彼の前のケーキの皿を強奪して、しずしずと
自分の席へ戻る。再び、三月ウサギの気配がガクッとするのが分かった。
「ナノ〜謝ったじゃねえか。冗談だろう?」
情けない声が聞こえる。そしてブラッドが笑う声も。
「だから五秒考えて行動しろと、言っているだろう。
自分の女は、もう少し大事に扱うものだ」
以前いじめられたときと違って、今の私は屋敷の紅茶係で、余所者で、腹心の女。
それなりに諫めようと、してくれているらしい。
「うう……」
ボスにまで叱られ、さらに落ち込む気配が感じられた。
……というか、自分の女じゃなきゃ適当に扱っていいんだろうか。
私は皿に手を伸ばし、三月ウサギが再度取ろうとした別のケーキをぶんどる。
「馬鹿ウサギ、悪ふざけがすぎてナノに怒られたんだって?」
「あのとき、ナノ、マジ泣きしてたもんね〜。やーい、いい気味〜」
すかさず便乗する双子。
……気づいてたなら止めて下さいよ、あんたら。
私は手を伸ばし、三月ウサギが取ろうとしていたニンジンクッキーを先にいただき、
口の中に放り込む。
「ナノ〜、さっきは許してくれただろう。もうしないから……」
「ああ?」
包帯とバンソウコウだらけの身体でギロリとにらむ。
「……な、何でもねえ」
耳をさらに垂らして、悲しそうにニンジンパイに手を伸ばす。
その皿を先にこちらに引き寄せ、私はフォークでパイを突き刺した。

――とはいえ、でもどうしたもんですかね。

可愛い。三月ウサギは可愛い。許しそうになる。
でも、長袖の中に、腕の包帯の感触を思い出す。
許しちゃいけない。私にも非があるとか、元々ウソをついたのは私とか、それとは
また別の次元の話だ。許しちゃいけない。
そもそも少し嫉妬されて、行動を制限されたり撃たれたりしちゃたまらない。
この現状が続くのは好ましくない。短気に立ち向かう勇気。自分で何とかしないと。

目の前に、三月ウサギから強奪した皿がたまっていく。
三月ウサギがやっと手にしたキャロットプディング。ホッとした顔でスプーンを
つける……直前に彼の手から奪い取り……そろそろお腹いっぱいだなあ。
とりあえずボスの方に送っておく。
ギョッとして突き返そうとする主に、三月ウサギが手を伸ばそうとする皿を次々に
送り込み、合間に紅茶を淹れつつ考える。

…………

「ナノ〜」
未だに何も食べられない三月ウサギが、泣きそうな顔でこちらを見ている。
マフィアのボスは紅茶を持つ手をぶるぶると震わせ、目の前にたまっていくニンジン
スイーツを蒼白な顔で眺めている。
ボスは、皿を何とか三月ウサギに送ろうとするが、むろんそれは私が妨害する。
一方、双子は味方すべき人間を心得ていた。
ニヤニヤしながら、三月ウサギの前のスイーツ皿を強奪にかかる。
私は彼らにだけ見えるよう、親指を立てる。
邪悪な笑みで私に応える双子。私たちは互いに、魂の絆を確認し合った。
「で、では紅茶も楽しんだことだし、そろそろお開きにするか」
このままでは大量のスイーツを食うハメになると思ったのか、ボスが言う。
「えー!何でだよ。始まったばっかだろ、ブラッド」
ボスの信奉者たる三月ウサギは不満そうだ。まあ、そう言いながらブラッドの残した
大量のスイーツ皿に手を伸ばそうとし……もちろん私と双子に妨害される。
「私は痴話ゲンカに加わる気はない。部屋で心静かに過ごすことにする」
そそくさと席を立ち、使用人さんに紅茶などを片づけさせる。
そして私のそばを通るときに言った。

「あまりにもひどければ、私に言うといい。だが、要はしつけ方だ」
飼い主の飼い主が言う。
「……ども」
私は微妙な表情で頭を下げ、去って行く家主の苦笑を耳にした。
心強いけど、この人に頼むと、余計にごたごたするのは目に見えている。
ボスに頼るのは最終手段かな。

ひとまず部屋でちゃんと考えよう、と私も席を立つ。すると、
「ええー、ナノ、もう帰るの?」
「もっと遊ぼうよ〜。僕らも協力するよ〜?」
遊びを続けたそうな双子は不満げだ。私は彼らにニコニコと微笑み、
「すみません。ちょっと考えることがあるので」

瞬間。空気が止まった。

何とか一皿でも、と手を伸ばしていた三月ウサギが驚愕の表情で私を見る。
「考える……おまえが?」
楽しそうに妨害を続けていた双子も同じ顔で目を見開き、
『ナノが……考え事?』
立ち去りかけていたボスまでが振り返り、
「お嬢さん。君が?物を考える……?」
紅茶と紅茶セットを片づけ終えた使用人さん達まで、
『ナノが……考える……?』

そして、場は一気にざわめいた。
「ナノ。大丈夫か?おまえ、無理に考えると頭痛を起こすタイプだろ?」
未だに皿を取ろうと悪戦苦闘しながら、三月ウサギが言う。それを妨害しつつ、
「僕らがナノの代わりに考えてあげるよ。知恵熱が出るよ?」
「僕らが一緒に馬鹿ウサギを×してあげるから、無理しない方がいいよ〜」
「あ、あんたら……」
握るこぶしがガクガクと震える。使用人さん達は、
「ナノ〜、熱、ないよね〜。どこかぶつけた?」
「エリオット様〜、医者を呼びますか〜?」
真剣に私を心配する表情だった。ついにはボスまでこちらに舞い戻り、
「考えない君が、物を考えようとするほど、苦悩していたとは知らなかった。
それなら、今からエリオットと私の部屋に来て、話し合いの場を……」
……プチッと私の中で何かが切れた。
そして私はゆらりとテーブルの端をつかみ、三月ウサギがどうにか双子をかわし、
最初の皿に手を触れようとしたその瞬間に、

「やってられるかあっ!」

お茶会のテーブルをひっくり返した。

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