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■三月ウサギのペット4

マフィアの2は忙しい。
私が以前いた不思議の国でも、エリオット=マーチは『本当に休憩してるのか』と
心配になるくらい働いていた。その事情はこの世界でも変わらない。
いや、多分こっちの世界のエリオットの方が忙しい。
なぜなら、私という余所者をかまっているからだ。


街の中をエリオットは威風堂々と歩く。
「遅いぞ、ナノ」
「は。はい!」
向こうは大股の早歩き。こちらはほとんど小走り。立ち止まってるヒマなんてない。
私は彼の行為に落ち込んでるけど、エリオットは忙しい。
一つの仕事が終われば次の仕事。それが終わればまた次の仕事。
見回りに地代徴収、領土交渉に地上げ、密談、ちょくちょくドンパチ。
屋敷に戻ればブラッドへの報告、幹部会議に作戦会議、書類整理に裏帳簿製作……。
マフィアの仕事に終わりはない。
彼が、私のために空き時間を作ることがどれだけ大変だったか。今ならよく分かる。
でも今、私の先を行くエリオットは鼻歌交じりだ。
「ナノ」
「はい!?」
急に名前を呼ばれ、ドキッとする。でもこちらを振り返るエリオットは嬉しそう。
「いいよなあ……」
誰に呟くでもなく、そう言って、また前を向く。
まっすぐ立った長い耳、揺れるオレンジの髪とストール、それに引っかかる麦の穂。
……エリオットは、今まで私と過ごすヒマを作るため一苦労だった。
というか何かあると、逃げるわ戻らないわの私を捕まえるのに大変に苦労した。
でも今は、いつでも私がいる。どうも、それが嬉しくてたまらないらしい。
「…………」
あんな無邪気な顔をされると困るなあ。
自分の女、しかも非戦闘員の少女を危険な作戦につき合わせたり、さっきみたいな
ひどいコトをしたり。それを非常識と思う私の方が『間違ってる』のではないか。
そんな気にさせられてしまうのだ。

私の空気を察したか、たまたまかまう気になったのか、エリオットが私の横に並ぶと
肩を抱いてきた。私をすっぽり包み込む腕。三月ウサギは顔をのぞきこむように、
「何だよ、まだすねてるのか?さっきは、おまえだって盛り上がってたじゃねえか」
声をひそめる事さえしない。
「……止めて下さいよ」
顔を赤くする。意識しないようにしてるけど、私の周囲には、護衛をしてくれてる
構成員さんたちがいるのだ。
素っ気ない私にエリオットはただ苦笑し、通りのきらびやかな服飾店を指差す。
「仕方ない奴だな。悪かったって。何が欲しい?
宝石でも服でも何でも買ってやるよ。それとも緑茶がいいか?」
「……別に何も」
女心を理解しないエリオットには、ため息しか出ない。
「なら俺が選んでやろうか?そうだな……」
と、私から離れ、少し先を行き、なぜかきわどい系の服を楽しそうに見る三月ウサギ。
私が暗い気分のまま苦言を呈そうとしたとき、通りの向こうから声が聞こえた。

「では、ただいまより緑茶の半額セールを開始いたしまーす!!」

…………

半時間帯後。
「俺から逃げるなって、何回言ったら学習するんだ!!馬鹿か、おまえは!!」
私は猫のように襟首つかまれ、持ち上げられて怒られている。
馬鹿って言う人が馬鹿なんですよ。
私はつかまれたまま、きょとんとしてご主人さまを見上げた。
「逃げてないですよ。ちょっとお買い物に行ってきたんです」
両手いっぱいに買い込んだ玉露を抱え、にへにへしてしまう。
いやー、やっぱり玉露だなあ。さっきまでの憂鬱な気分が吹っ飛んだし。
エリオットはそんな私を見て、舌打ちすると下ろしてくれた。
けど八つ当たりとばかりに、護衛役の構成員さんに怒鳴りちらした。
「おまえらもおまえらだ!たかが素人の小娘を何でアッサリ逃がしたんだ!」
エリオットに怒鳴られ、構成員さん達はかしこまる。
うん、私が緑茶セールの声を聞いた途端に、彼らのガードをくぐり抜け、私が店に
つくまで、ついに追いつけなかったんだもの。
「も、申し訳ありません!あれだけ駿足でいらっしゃるとは想像もせず……」
でも、どこか腑に落ちない顔だ。困り果てた顔を私に向け恐る恐ると言った顔で、
「あの、瞬間移動の能力をお持ちじゃないですよね?ナノ様」
んなバカな。でも他の構成員さんたちも、顔を見合わせてうなずきあう。
「お、俺もそう思った。まばたきしてる一瞬の間に、エリオット様のはるか先に移動
されてて、指先までまっすぐ伸ばして超高速で……」
「あと砂煙立ってたよな……ここ、舗装道路なのに」
ぐちぐち言い訳する構成員さんをエリオットが怒鳴る。
「ごたくはいい!こいつは飲み物が絡むと、たまに時空をねじ曲げんだよ!」
もー、エリオットったら、昼間っから寝ぼけちゃって。
しかし、もしや万一と、オーラを集め、宇宙を再構成しようとしていると、

「というわけで、しっかり、しつけ直さねえとな……」

私の両肩に大きな手が置かれる。に、逃げられない。
陽気な昼下がりなのに、エリオットの笑顔が怖すぎて空気が凍る。
そしてエリオットは私を伴い、やたら派手な看板の建物に歩き出した。
引きずられつつ頑張ったんだけど、潜在能力の覚醒はそれっきりありませんでした。

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