続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■店を改装した話1

※R18注意
※女性への『性行為』『同意無しの性行為描写』および軽い『暴力描写(直接表現
なし)』があり、また全体的に鬱寄りの展開です。
※BADENDではありませんが閲覧中、不快になる可能性もあります。ご了承ください。


私はナノです。
異世界にやってきて、一人で自活している……わけでもない余所者です。
前は時計塔でお世話になっていましたが、引っ越しでクローバーの国になってからは
いろいろあって塔近くの空き地でひっそりとカフェ(もどき)をしております。
家はプレハブ、店は屋台。生活水準は低いかも知れませぬ。
売り上げが寒いどころか氷点下なのが悩みです。

単に私が経営者として未熟と言うこともありますが、一番の原因は……。

…………
その夜の時間帯のこと。
私は閑古鳥のお店を閉め、プレハブ小屋に戻った。
そして器材の後片付けをすると、テーブルに座り慣れない帳簿をつけていた。
加算減算に四苦八苦していると、扉を叩く音がした。
「!」
私はすぐに全ての動きを止める。
さっきまでやっていた鼻歌は薄い扉の向こうに聞こえただろうか。
私は扉のそばに近寄る。そしてしゃがんで息をひそめ、気配が去るのを待った。
けれど向こうは少し間を置いて、また扉を叩いた。
『ナノ、俺だ、グレイだ。開けてくれないか?』
「…………」
開けたところで、ろくなことにならないのは目に見えている。
こうなったら居留守でやりすごすしかない。
『開けてくれ。店に関する話だ。君の……その、借金について』
そう言われるとでるしかない。グレイには散々お世話になっている。
「…………今、開けます。あの、出来れば扉での立ち話ですませたいんですが」
『分かった、とにかく開けてくれ』
私はのろのろと立ち上がり、扉を薄く開いた。
何かあったらすぐ閉めようとしたのに、ちょっと開いた瞬間にグレイがバタンと、
大きく開けて中に踏み込んできた。
自分を見下ろす長身の男にひるみそうになりながらも、私は何とか、
「グレイ。お話は扉の部屋じゃ無くて玄関口で……」
「だが金の話だ。誰にでも聞こえる場所で話すわけにもいかないだろう」
「…………」
正論につまっていると、グレイは勝手知ったる私の部屋にすたすた入り、
「ナノ。珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「……玄米茶で」
私は小さく応えた。

…………
帳簿を開くなりグレイはバッサリ言った。
「ひどいな。これでは帳簿どころか子どもの小遣い帳だ」
「あう」
テーブルに顔面をぶつけそうになる。
私のこのお店、クローバーの塔の出資で維持されているところが大きい。
グレイは開店にあたっての恩人で、何度も助けてくれている。
だから帳簿を見せろと言われたら断れない。
案の定、塔の補佐官殿は眉をひそめたのである。
「収支がいい加減で、使途不明金が多すぎる。
それ以前に基本的なところが……その、失礼だが足し算引き算は、出来るよな?」
「え、ええと……」
「計算尺の使い方は分かるか?それとも東洋の……そろばんを使っていたか?」
「え、え、え、ええと……」
真顔で聞かれ額に汗が浮く。
私は数字が苦手だ。エリオットに余裕で負けるくらい。
しかもこの世界、どうも電卓が無いらしい。まあLSIどころかICも無いだろう
世界で、半導体集積回路エンジニアリングなんぞ期待出来るわけがない。
計算尺という、複雑な変形物差しを計算機代わりにしてるらしいんだけど、もちろん
使えっこない。そろばんなど、ネット世代には論外だ。
「それと……大幅に収支がマイナスになっているときがかなりあるな。
仕入れに失敗でもしたのか?マージンでピンハネされたのか?」
「そ、そんなところです。あははは……」
私はさらに冷や汗をかく。そんな私をグレイはじっと見、
「仕入れの伝票をチェックしたい。そちらにも間違いがありそうだ」
「す、す、すみません。それもうっかり紛失してしまって……」
するとグレイはため息をつく。
「ナノ。仮にも経営者なら、そんなずさんなことをしてはいけない。
俺もナイトメア様も君に最大限の支援をするが、君も誠意には応えてほしい」
「はいです……」
肩を落とす。
本当のことなど言えやしない。大幅なマイナスの主要因は犯罪、泥棒さんだ。
しかもブラッドの差し金だ。
何で断言出来るかというと、商品を奪うついでに私までかっ攫われるからだ。
でもそんなことを言うわけにいかない。
心配をかけたくない……という美しい気持ちばかりじゃない。
こんな危険なところに住んではいけない、という説教だけならいい。
けど最悪、グレイが心配のあまり店をつぶしにかかる可能性がある。
『店を中立地帯の塔に移すか、店自体を畳んで塔に住んで欲しい』
と、何度も何度も何度も言われている。
このあたりは塔の領土とはいえ、中立地帯だけにナイトメアの守りは万全ではない。

でも……私には中立地帯で待ちたい人がいる。
だから、所属を安易に移したくない。
この世界の人たちは私を大好きなはずなのに、私がしたいようにやることを許してはくれない。

「それで、いくらあれば店を続けられる?」
グレイが帳簿の健全化を放棄し、机に投げ出す。
私は玄米茶をすすり、ニコニコと、
「大丈夫ですよ。これ以上お金を借りるわけにいきませんし、帳簿はいい加減ですが
売り上げだってちゃんと伸びてますから」
「嘘だな」
「嘘じゃ無いですよ」
嘘です。

1/12
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -