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■嘘と逃避の代償・中


エリオットが忌々しそうに、
「チッ。やっぱりそこらへん歩いてる奴に聞いても無駄だな」
え……つまりあの人は、情報提供者とかじゃなく、運悪く目が合った感じの人?
「エリオット様〜、ちゃんと聞き込みしないとダメですよ〜」
なだめるように、部下の人がエリオットに言う。
「分かってるよ。塔に行って、森に行って、城に行って、そこまでは順調だった。
すぐ屋敷に戻るだろうと監視を解いたら……くそっ!いったいどこに行った!」
……もう誰を探しているのか分かってしまった。
エリオットは吐き捨て、八つ当たりというように、顔なしさんを蹴る。
顔なしさんからはもう一切の音がしない。
それをやっと視界に入れたのか、他の部下さんが
「エリオット様〜これで何人目ですか〜。片づけるのも大変なんですよ〜?」
「あのときよりは減らしてんだろうっ!……ん?」
怒鳴りつけるエリオットの声が止まる。
「何だここは。茶屋か?」

「っ!」
エリオットが、私が出て来た建物に目をとめたらしい。
――今すぐ出て行って店主さんに伝えないと……。
……でも最低な私はまったく逆のことをした。
建物の陰に顔を引っ込め、呼吸音を立てないようにする。
そして私が一秒、動かずにいるごとに、事態は最悪の方向に進んでいく。

「緑茶の店ですよ〜。女一人でやってる、趣味みたいな店らしいですけど〜」
さすがマフィア。地域事情に詳しい。
「茶か……ナノは玉露が好きだったな。よったかもしれねえ。入るぞ」
「っ!!」
私は凍りつく。さっきの顔なしさんの無残な様子が嫌でも思い浮かぶ。
「どうでしょうね〜、ここの女店主って、抗争の爆弾で、旦那と一人息子を失った
らしくって〜。マフィアを憎み抜いてるって話みたいですよ〜。
知ってても知ってなくても〜口を割らないと思います〜」
……愛する人たちをとばっちりで失う。マフィアへの憎悪は私の比じゃないだろう。
「そういう奴に口を割らせるのが面白いんじゃねえか。行くぜ」
残酷な一言とともに、エリオットが部下を引き連れ、店の中に入る。
目的は私を探すことだ。
でも『口を割らせる』ことを口実に、無関係な人に暴力をふるいたい。
そんな本音が見えた気がしたのは気のせいだろうか。

私は動けない。これから何があるか知りながら。
どれだけ自分に命じても、膝がガクガク震え、どうしても動けなかった。
ただ両手でギューッと持ってきたお茶の椀を握りしめた。

やがて、壁越しに中年女性の怒声が聞こえた。よくは聞こえない。
最初は威勢のいい拒絶の声。
そして謎の音。笑い声。
必死で抑えているような苦悶の声。
そして謎の音。苦悶の声。ときどき笑い声。
それがしばらく繰り返される。

マフィアを拒んでいるのか。でも抵抗が強固で長い。
話を少し聞けば、エリオットが探してくれているのが私だと分かるだろうに……。
そこで私はハッとする。
――私を、マフィアから守ろうとしてくれてる……?
でも私は動けない。助けに行くべきなのに。
けどあそこまで荒れたエリオットが同じ暴力を、私にふるわないと言えるだろうか。
私は、ただ卑怯に震えている。世界一、最低な人間だ。

何度目かの後、ついに抑えられなくなったか、甲高い悲鳴がした。
そして謎の音。もっと大きな悲鳴。
耳をふさぎたくとも、両手に持った湯呑みが邪魔で出来ない。
……そして突然の懇願。
通りまで響く悲痛な声が聞こえた。
『やめて!!……それだけは、やめて!!あの人と、あの子との思い出の品なの!!
それしか残ってないの!私には何をしてもいいから!!どうか、それだけはあ!!』
必死な声がする。でも音程が奇妙だ。
口の中が切れているのか……もっとひどいことになっているのか。
そして少しの沈黙。どういう会話が交わされたかは知らない。
でも、女店主さんが私のことを話したとして。
それでも、エリオットの満足のいく回答ではなかったのだろうか。
そして泣き叫ぶ声がする。
『……ああぁああ!お願いぃ、やめてえぇぇぇーっ!!』
その後の悲痛な絶叫は、もう人の言葉にさえなってない。
それはまるで壁などないかのように通り一帯に響いた。

それが突然、途切れる。

あまりにも不自然に。

陽気な日差しの降り注ぐ昼間の商店街。建物はたくさんある。

どの窓も開かないけど裏口は開く。
あの女店主の二の舞になる前にと、裏口からこっそりと子どもが、女性が、男性が
逃げていく。隣の建物の裏口も開き、後ろを家族連れが逃げていくのが見えた。
ヒソヒソ声が聞こえた。冷たい世界では、お隣さんへの同情の言葉などはなく、
『マフィアの奴ら、頭がおかしくなったのか?早く森にでも逃げるぞ』
『でも”あのとき”より、マシじゃない。ほら坊や、声を抑えて……』
やがて家族連れの静かな足音が遠ざかる。でも私のは彼らの話に戦慄していた。
――エリオット……私がいないとき、ずっとこんなことを……?
しかも私が逃げていたときの方が、はるかにひどかったらしい。
エリオットが荒れていると、あのとき色んな人から聞いたけど『現場』を見たのは
初めてだった。

やがて茶屋からぞろぞろと人が出てくる。女店主さんの声はもうしない。
「手間かけさせたワリに何も知らねえじゃねえか。もっと××するんだったな」
……女性店主さんは最期まで私を守ろうとしてくれたらしい。
そして彼女にあれだけの慟哭を上げさせたウサギは、忌々しそうに吐き捨てただけ。
「俺はもう少し探す。その××は片づけとけ」
「エリオット様〜、場所代の徴収に響くから、もう止めてくださいよ〜」
部下さんたちも、少し外れた間抜けなことしか言わない。
そして聞き覚えのある小走りの音。
「エリーちゃん!来たよ!」
お掃除ネズミがたどり着いたようだった。

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