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■嘘と逃避の代償・上

※R12(モブキャラへの暴力表現)

「うーむ、何を買いますか」
お茶屋の緑茶を前に、私は真剣に頭をひねる。

ハートの城を辞去してから、何時間帯か。
私は帽子屋領近くのストリートをうろうろしている。
「…………」
まあ、あのときエリオットに向かって(ついたつもりはないけど)大嘘をついていた
ことが、バレていた理由は問わない。女王さまは鋭い。
私の行動から分析したか、エースの言動から判断されたか……。
でもビバルディの言わんとしたことは、よく分からない。
エリオットを口先でだまそうとか、そんな大それたことも考えてない。
私はエリオットが好きだ。
彼の好意に応えたいと思っている。
だから問題は何もない。今の状況に不満もない。そのはずだ。
けどハートの城を出てから猛烈にお茶が飲みたくなった。
紅茶でも珈琲でもなく、玉露が。

で、お茶屋に入った。何時間帯も帽子屋屋敷に戻っていない。

…………
「うーん、これもおいしそうですかね。いや、これも捨てがたいかな……」
悩ましい問題に頭を抱え、サイフの中のなけなしの小銭と相談する。
……が、時間がかかりすぎだ。何時間帯か経っている。
何か言いたげな中年の女性店主さんの視線が背に突き刺さる。
「うーん……これかな……」
やっと、高すぎず安すぎない、ノーブランド物の緑茶を手に取る。
「決まったかい?」
と、後ろから声をかけられる。女性店主さんだ。
「あ、長いことすみませんです」
顔を少し赤くして振り返る。でも店主さんは迷惑そうでも何でもなかった。
「いいよ、どうせ客なんかめったに来ないしヒマなんだ」
私に気を使ってるのか、自虐なのか、微妙なところだ。
確かに、私が何時間帯も悩んでた間、店には誰も来なかったけど。
「あんた、お茶が好きなんだろ?ちょっと飲んでかないかい?」
「は?え?い、い、いいですよ!」
慌てて手を振る。けど店主さんはいいよ、と笑って急須を取った。
いい匂い。どうも準備されてたらしい。
「ほら、座って座って」
「はあ……」
誰にでも愛される余所者効果だろうか。
私は断りきれず、薦められるまま椅子に座った。

それから、私と店主さんはお茶のこととか、いろいろ話をした。
私がにらんだ通り、お茶屋は閑古鳥らしい。
女店主さんは話し相手に飢えているのか、勝手に色々話してくれた。
「まあ、元は亭主が趣味が高じて始めた店でさ。仕方なくあたしが継いでやって。
客なんか来やしないから、とっとと閉めたいんだけどね」
でも、あんたみたいな物好きがたまに来るからさ……と、茶を飲む私に目を細めた。
そしてチラッと壁の額を見上げる。
額の中には、美人な奥さんと、ハンサムな旦那さん。それに、よちよち歩きっぽい
子どもが、それぞれ幸せそうに笑っている。女店主さんは、懐かしそうな笑みで、
「もう、この写真しか残っちゃいない。でもこの写真を見るたび、亭主との約束とか
この子が見てくれてるから、母さんが頑張らないと……って思い出すんだよ」
あと、美人だった頃の私もね、と、きれいな笑いジワを深くして大笑い。
私は深く聞かずに微笑み、出された金色のみたらし団子をそっと食べる。
そして湯呑みの中のエメラルドに口をつけようとした。

そのとき、店の外で絶叫がした。

「っ!?」

私は思わず、湯呑みを持ったまま立ち上がる。
女店主さんを見てみると彼女も『何!?』と驚いた顔だ。
「私、外を見てきますね!」
お礼や会計は後だ。私は慌てて走って外に出た。
……あ、湯呑み、持って来ちゃった。いや、それどころじゃない。

店の外の商店街は大騒ぎだ。人が急いで遠ざかっていく。
何?爆弾?抗争?
いや、それにしては急ぎ方が妙だ。走っている人もいるけど、早足の人も多い。
一人の例外もなく、無表情を取り繕い『私は無関係』という顔を装って足早に。
何?いったい、何なんだろう。爆弾か何かから逃げるにしては変だ。
私もオロオロしつつ、女店主さんに警戒を促すべく店に戻ろうとして、

「おい、本当にこのあたりを歩いてたんだろうな!?」
エリオットの声がした。

「っ!!」
私は反射的に近くの建物の陰に走ると、しゃがんで息を殺す。
――て、なぜにエリオットの声を聞いて逃げますか、私。
でも、彼に近しい自分まで逃げてしまう。それくらいにスゴイ声だった。
――本当に何かの抗争なんですかね?
なら自分がいれば、逆にエリオットの足手まといになる。
気づかれる前にこの場を離れるべき?いや、先に店に戻って女店主さんに……。
私は、そーっと建物の陰から頭半分だけ出した。
「――っ!」
悲鳴をあげそうになり、慌てて口を両手でふさぐ。建物の陰から見えたものに。


一般市民の顔なしさんたちが逃げ去って、閑散とした昼の通り。
そこに制服の皆さんが集まっていた。その中心にスーツのエリオット。
彼は顔なしさんの胸ぐらをつかんでいる。
その人が……その、ボロボロの……ええと、顔の判別がどうにかつくかな、という
くらい蹴られ、殴られ、赤に染まっていた。
エリオットに重そうな銃を突きつけられ、震え、失禁までしている。
でもそれを笑えないくらいに凄惨だ。容赦ない力で殴られたんだろうか、目のあたり
から赤……いや、あのドロっとしたの、もしかして……え、ええと、腕や足の一部は
変な方向に曲がり、骨が××を突き破っている。一部の××は、大きくべろんと……
気分が悪すぎて、これ以上は見るにたえない。
「と、と、遠目にチラッと見た、だけなんです……どうか見逃して下さい。妻が先の
抗争で帰らなくなって、今、家には赤ん坊と寝たきりの母しか……お慈悲を……」
顔なしさんは声を出すのも辛いようだった。でもそれくらい必死だった。
でも命がけの懇願は、エリオットの大きい耳に届いたかどうか。
「役に立たねえな。もういい!」
そしてエリオットは、つまらなさそうに、胸ぐらをつかんだ手を離す。
顔なしさんが、倒れながらもホッとした顔になるのが見えた。私もホッとする。
でも彼の頭の横を、エリオットが銃……銃弾ではなく重そうな銃の本体で……殴る。
「〜〜〜っ!!」
まるで手から離したボールに、バットを叩きつけるみたいだった。
顔なしさんは横に吹っ飛び、地面に倒れる。耳から赤が流れ、危険な感じに身体を
ピクピクさせている。今すぐ処置をしないと……。
でも、私は建物の陰で、凍りついたように動けない。
そしてエリオットも、その周りの人たちも誰も、倒れた顔なしさんを見なければ、
もちろん病院に連れて行こうと手配する様子もなかった。

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