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■お仕事始め・城編・上

ようやくボリスから逃れた私ナノ。次にお城にお仕事に参りました。
「遅いっ!!」
そして、門の前で怒鳴られるという理不尽を受けました。

ペーター=ホワイトは私に嫌みったらしく言った。
「全くグズな女ですね。いいですか。僕は忙しいウサギなんです!
いったい何時間帯、待たせるつもりですか!万死に値する!」
「……えーと、何時間帯、待ってくれていたんですか?」
そこらへん本気で知りたい。
別に待っていてくれと頼んだわけじゃないし、そもそも待つ必要がない。
最初に遠目にペーターを見つけたとき、てっきり仕事か何かだと思っていた。
まさかずーっと私を待っていたとは。

でもペーターは私の質問には答えず、背を向ける。
「さあ、ついてきなさい。行きますよ!」
「ええとですね、ホワイト卿。別に案内は……」
最後まで言う前に、銃弾が耳元をかすめる。
「…………」
冷や汗がダラダラと地面に落ちる。こちらに硝煙立ち上る銃を向けたペーターは、
「愚かなナノ。僕のことは『ペーター』と呼びなさい」
い、いや、そんな脅迫的に親しさを強要されても。
そしてペーターは銃を時計に戻し、さっさと先に立って歩き出す。
――キツイ……。
こんな危険な恋心は早急に破綻させるべきだ。いや破綻させるしかない。
さて、男が女に冷める代表的な瞬間は何だろう。なので私はストレートに言う。
「すみません。ペーター……エリオットがちょっとしつこくて遅れちゃって……」
「……っ!!」
真っ白なウサギ耳がピクリと動く。くく、獣め。反応が丸わかりよ。
面白くなってきて悪ノリし、頬に手を当てワザとらしく、
「もお〜エリオットったら、本当にしつこくてえ〜。
離れていて寂しかったのは分かるけどお、ちょっとすごすぎなんですよね。
ああ〜、ごめんなさい、ペーター。ノロけちゃって〜」
……現実に他人から聞いたら、私でも撃ちたくなるセリフであろう。
しかし真実の欠片が含まれているのもまた、三月ウサギの恐ろしさだ。そして、
「……ナノ」
「っ!!」
殺気だ。凄まじい殺気が私に向けられる。
そしてペーター=ホワイトが!この世界に来て初めて私に微笑んだ。
当然のことながら目は笑っていない。顔を真っ青にして怯える私に、
「おまえは愚かすぎる娘です。三月ウサギにたぶらかされ、通常の判断力を著しく
欠いているのでしょう。安心なさい。この僕が厳重に××し直してあげますから」
……今、恐ろしい言葉を言われた。
そして知る。世界が変わろうとこのウサギは……電波だ。

…………

薔薇の庭園では、お茶会の席を設けていただいた。
私は約束通り、陛下に紅茶をお淹れした。
「うむ、悪くはない」
女王陛下は私の紅茶を全て召し上がり、ニッコリと笑う。私はホッとした。
「恐れ入ります、女王陛下」
すると錫杖をビシッと突きつけられ、
「ビバルディと呼べ。特別に許そう」
「……はあ。ビバルディ」
この世界でもか……。
「名前を呼ぶのを許したのに、そんな嫌そうな顔をするとはな。
少しだけ、首を斬りたくなってしまったわ」
「紅茶のおかわりはいかがですか、ビバルディ?」
強引に話をそらすと、ビバルディは笑った。
「顔なしを装ったことといい、変わった娘だね。マフィアから逃げたとき、この城に
来ておればのう。狂ったウサギが何をしようと、おまえを閉じ込めておいたのに」
「いえいえいえいえ、私ごときではお役に立ちませんで」
というかトップが率先して処刑しまくる恐ろしい場所に、誰も行きませんがな。
ビバルディは真っ赤な唇で笑みを作る。
「いいや、『余所者』をそばに置けば退屈せぬわ。ろくな色香も話術もない娘だと
いうのに、あのホワイトめを骨抜きにしてしまっただろう?」
「…………」
私とビバルディは、同時にペーターを振り返る。
私をじーっと、じーっと見るペーターを。
「……なんですか?こんな愚鈍な娘に誰が骨抜きにされたと?」
それでもペーターは認めようとしない。

……実を言うと、この陛下のお茶会に行くまでは数時間帯を要した。
なぜなら最初、この電波Sウサギに部屋に連れ込まれた。
久しぶりだったし、前の不思議の国ではあまり城に出入りしなかったので、気が
つかなかったのだ。
そして電波ウサギは人を自室に入れるなり『脱ぎなさい、服は全て滅菌処理します』
『僕が特別に風呂に入れて雑菌処理をしてあげましょう』と、本気で言ってきた。
それでいて、彼自身は純粋で高潔な精神でもって、『汚い余所者の娘を、洗浄して
やる』と自分を信じて疑っていない。
自覚のない電波っぷりだ。もし助け出してもらえなかったら、何か意味不明な理由を
つけ、今ごろ関係を持たされていただろう。

「『骨抜き』とは僕への重大な侮辱です。顔なしだろうと余所者だろうと、こんな
愚かで愚鈍で愚図な娘に、僕がどうにかされるわけがないでしょう!」
『…………』
私とビバルディ、あと周囲のメイドさんや兵士さんがまとめて目をそらす。
あな恐ろしや、電波ウサギ。



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