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■お仕事始め・森編

「1から100までの合計って……ええと、5050だよね?」
「へ?」
「ぴ?」
私の質問に平然と答えたボリスに、私(とピアス)は目を丸くする。
泣きながら×時間帯かけて取り組んで、出せなかった問題に……。
「す、すごいです、すごいですボリス!あなたは天才ですか!?」
「すごいよ、にゃんこ〜!何で分かったの!?」
「おい、馴れ馴れしく寄るなよ馬鹿ネズミ!ちょ、ちょっと!ナノ!
ヤカン持ったまま、こっちにつめよらないでよ!」
称賛の言葉をまくしたてる私たちに、ボリスは引き気味だった。

……ここは森の中。私はキノコのテーブルで、珈琲を淹れている。
塔の補佐官殿のしごきに耐え、どうにかボリスたちのとこに働きに来られました。
が、×時間かけて最初の問題が解けなかった私。
涙目でボリスに、補佐官殿の非道を切々と訴えました。
……で、そしたらボリスは数秒もせずにアッサリ解いてしまった。

「何で?何で分かったんですか!ねえ、何で?」
「全く。馬鹿ネズミはともかくナノまで分からないなんてさ……」
ブツブツ言いながら、ボリスはそこらの枝で、地面に数字を書いた。
1+100=101
2+ 99=101
3+ 98=101
そしてボリスは枝を放り投げて私を見、チェシャ猫の笑いで、
「なぞなぞ。次の式はなーんだ?」
私は首をかしげる。
「ええと、4+97=101ですよね。あ……」
「正解!」
さすがに私も気づいた。101×50=5050か。
馬鹿だ。大まじめに1から100まで計算しようとしてた。
「ぴ?ちゅう?」
まだよく分かってない様子のネズミさん。ボリスは、
「これ、ほとんどクイズなんだけどね」
「あうう……」
「よしよし」
何だか嬉しそうに頭を撫でてくれた。おっと、蒸らし時間終了。
傷心の私は肩を落としながら、サーバーから珈琲をカップに注ぐ。
「ナノ!俺の珈琲!俺の珈琲!」
ピアスが無邪気に手を伸ばしてきた。
「ピアス。お砂糖やミルクは入れなくていいんですか?」
「ぴ?何で」
「あ、別に入れないんでしたら……」
意外だ。こちらのピアスはブラック派だったのか。
何か砂糖やミルクをどっさり入れそうなイメージがあるのに。
でもまあ、ブラック派は味に厳しい人が多いから、淹れがいはある。
が、ピアスは少し口をつけるなり、
「ちゅう……苦い。ナノの珈琲美味しいって聞いてたのに、苦いよう……」
「…………」
グサッと来た。い、いえ。淹れる自分の腕が未熟だから仕方ないんですが。
そして、
「ピ〜ア〜ス〜」
「ぴ?に、にゃんこ?」
「ボリス?」
地の底を這うような、ボリスの声。何ごとかと振り向く私とピアスの目に映ったのは
ギラリと光るピンク色の銃……。

…………
ピアスの逃げる音が聞こえなくなって、私はあきらめてピアスに淹れた珈琲を飲む。
うーん。苦みがいい感じ。香りも悪くないし、舌触りも均一だと思うんですが。
……やはりミルクと砂糖をたっぷり入れるべきだった気がして仕方ない。
「うーん、まだ冷めないなあ……」
猫舌のボリスはというと、カップをふうふうして珈琲を冷ますのに忙しい。
「でも、これで二人っきりだよね。汚いネズミがいなくなって良かった」
と罪悪感のカケラもない笑顔。さすがに私は眉をひそめ、
「ボリス、いじめは良くないですよ。いいですか。味の好みは人それぞれで、それに
難癖をつけて、いじめの材料にするのは人として最低な……」
「いいのいいの。それに俺、猫だし」
お説教をアッサリかわし、ボリスはゴロゴロと私に身体をこすりつける。
私はため息をついて、珈琲を飲む。
――ピアスとは、もう少し仲良くしたかったんですが。
いじめられっ子同士、ピアスといるととても気が楽だし、安心する。前の不思議の
国ではあまり仲良くなれなかったから、ここではもう少し親しくしたいんだけど。
「…………」
ていうかボリスが近づきすぎだ。
冷めた珈琲をさっさと飲むとキノコのテーブルに置き、何か匂いをかいでくるし。
耳を触りたいなあ……。
「ナノ……」
ああ、ファーが!チェシャ猫さんのファーが!すんごい誘惑が!
「でもさ、俺、聞いてないんだけど?」
「は?」
猫さんだ。一瞬前までご機嫌?だったのに、今はご機嫌ななめっぽい。
「ナノの飼い主。俺がナノを飼うつもりだったのに、2さんが最初に飼ってた
から2さんのとこに戻るって、そんなのないだろ!?」
あのとき、ナノを逃がさなかったら……と悔しそうに言うボリス。
「えーと……あの、別に私は飼われる愛玩動物なわけでは……」
そこだけは否定しておこう。
あー、でも最近たまにエリオットを飼い主みたいに考えちゃうし。
いい加減、別の世界に目覚めようとしてるんですかね私。
ほろ苦い珈琲を飲み終え、キノコのテーブルに置くと、ボリスはさらにすり寄り、
ゴロゴロ行ってくる。重い重い。寄っかからないで。
「えーとボリス。おかわりを飲まないなら、私はそろそろ次の場所に……」
「ナノはもう少しここにいるの!飼い主の言うことを聞く!」
まるで私が悪さをしたみたいに、コツンと頭を叩かれた。
「はあ……」
んで、さらにこちらに腕を回してゴロゴロゴロ。
「で、誰が飼い主ですか」
か、可愛くしたって、だまされないんだからね!
「俺!2さんが一番目の飼い主でも、二番目は俺!エサは俺の家に食べに来てよ」
当然とばかりに返答下さる。でもエサって……ああ、通い猫ってやつですか。
でも人間にそれを当てはめると、かなりシャレにならないっつか。
「えい」
とりあえず黙らせよう。
「ふにゃ〜」
触りたかったお耳の後ろをぐりぐりと。喉とかかいてあげると、ゴロゴロ強化。
「ナノ、そこダメ。ああ……ダメじゃない。もっとなでて〜」
「ほれほれ。ここが良いですか?口ではこう言っていても身体は正直ですねえ」
「俺、口も正直だぜ?ああ、気持ち良い、ナノ大好き……」
――はあ……。
動物にはかなわない。ウサギさんといい、猫さんといい、トカゲさんといい。

巧妙な猫さんに誘惑され、しばし森でまどろむ私なのでした。

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