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■帽子屋屋敷でのお茶会

さて帽子屋屋敷に戻され、エリオットの部屋に住むことになった私ナノ。
それから、少しの時間帯が過ぎた。
……ええと、いつも通りすぎる展開なので詳細は割愛で。
しばらくはベッドと浴室を往復するだけの自堕落な時間帯が続きました。以上!

そして、ある夜の時間帯のこと。

「んー……」
私はベッドの中に下着姿でくるまっていた。身体がダルい。ずっと寝てたい。
「ナノ、起きろよ」
誰かに揺さぶられ、夢の世界から機嫌悪く浮上する。
「んん〜」
「ナノ、おい、ナノ」
誰かが私を起こそうとする。エリオット=マーチだ。
これはアレか。私の嫌がる事をするシチュエーションか。
「でも……エリオット。そういうプレイはちょっと……」
「寝ぼけるなよ。後で好きなだけやってやるから、今は起きてくれ。お茶会だ」
「……っ!!」
いろんな意味でガバッと起きる。
「あら……?」
ベッドの脇では、身支度を整えたエリオットが苦笑していた。
「ほら、さっさとシャワーを浴びてこいよ」
「え?夜なのに?」
ポカンとする。窓の外は夜だ。私には寝る時間帯だ。
「ブラッドが呼んでる。これからお茶会だ。今回はおまえが紅茶担当だからな」
「え……あ。はい!」
私は夢見心地から我に返り、シャワーを浴びるために慌ててベッドから下りた。

今の私は、客人であり、お屋敷の雇う紅茶職人の一人という妙な立場になっていた。
いつもではないにしろ、ボスのご指名あらば、紅茶を淹れることになっている。

…………

帽子屋屋敷の庭には、二羽ニワトリが……じゃない!
コホン。屋敷の庭ではお茶会の席が設けられていた。
「さて……」
私の目の前には繊細な刺繍をほどこしたテーブルクロス。
その上には磨き抜かれ、指紋一つない、白と青と金のティーセット。
顔まで映りそうなピカピカの銀のフォーク。
ケーキスタンドにはスコーンにムース、クッキーにプディング、タルト、もちろん
クリーム山盛りのケーキ……ただし全てニンジンカラー。
主催はマフィアのボス。ゲストは腹心に双子の門番……そして私。

「『余所者』のお嬢さんナノが、当屋敷に正式に滞在し、雇われることになって
くれた。それを祝して、お茶会をするとしよう」

……何で主催が上座でふんぞり返って、主賓の私がエプロンつけて紅茶を淹れるのか。

けどまあ、ボスのような好事家に紅茶を淹れるのは、それだけで勉強になる。
そして周辺には、各種雑用担当の使用人さん達もいた。
温かい視線、物珍しげな視線、値踏みするような視線、冷たい視線……。
いろんな視線を一身に受け、私は黒エプロンの前をパンッとはらい、顔を上げる。
さて、戦闘開始だ。

…………

一時間帯もせず、私とブラッドは別世界にいた。
「で、個性がないと思われてる品種に、目が行っちゃうんですよね。フラットな味の
ものをブレンドで活かすという課程にも、またティーブレンドの面白さがあるんです」
テーブルを叩く勢いで力説すると、ブラッドもうなずいてくれる。
「実によく分かる。個性がないということもまた個性であるべきだ。
なら君の紅茶研究のために品揃えを充実させておこう。ディンブラにニルギリ……」
「キャンディ、ジャワもお願いします。茶葉の等級の違うものを全て」
「好きに実験するといい。紅茶に金は問わない。しかし君がさっき自分のためだけに
淹れていた紅茶。あれもまた面白いブレンド法だったな」
「でしょうね。ティピー・ゴールデン・ブロークン・オレンジ・ペコーとオレンジ・
ペコー・ファニングス、それとダストをブレンドしたんです」
「それはあまり聞かないな。抽出時間にどれだけバラつきが出るか……」
「やる人がほとんどいないだけで、成功すれば、とても面白い味がでるんです」
「なるほど。実に面白い試みだ。それぞれの茶葉、シーズンに加え、等級までもが
ブレンドの要素に加えることが出来れば、紅茶の世界がどれだけ広がるか……」
「素敵ですねえ……」
私とブラッドはうっとりとため息をつき、二人で紅茶を飲む。
ブラッドとお近づきになるのは、一杯の紅茶があれば事足りた。
もう私と彼は心の友、ソウルメイツ!紅茶は全てを解決する!

『…………』

と、そこで周囲の皆さんが沈黙されていることに気づく。
使用人さんたちはもちろん、エリオットやディーとダムまで、私たちを見ている。
「どうしました?エリオット。そのニンジンティー。美味しくないですか?」
首をかしげる。細かく細かく切って乾燥させ、茶葉に混ぜて抽出したエリオット専用
ニンジンフレーバーティー。完成までどれだけ試行錯誤を繰り返したことか。
「い、いや……美味いんだけどよ……」
エリオットはえらく微妙な顔で紅茶を飲む。
ボスの手前、大人しいけど空気が暗い。よどんでいる。
「ボスとマシンガントークで紅茶の世界に行かれちゃね」
「どん引きするよね〜置いてきぼり感、半端ないよね〜」
タルトをつつくディーとダムが、ツッコミだか解説だかをしてくれた。
そんなこと言われても、紅茶狂のボスと同席して紅茶の話をしないなんて不可能だ。
何だかんだ言って、同好の士と話すのは楽しいし。
「だが安心したよ」
ブラッドは上機嫌で紅茶を飲んでいる。
「君とは実にいい友人になれそうだ」
「そうですね」
まあ内心は知れたもんじゃないけど。でもニコニコと私たちは微笑みあう。そして、
「今度は二人でお茶会をし、心ゆくまで紅茶のことを語り合わないか?」
男なのに色香を漂わせる目で、こちらを見る。
何か含みがあるように思えるのは、前いた不思議の国のトラウマゆえか。
「いいですね。では今度、二人で……」
時間帯を気にせず紅茶トークが出来るというのは、なかなか……。

何かが砕ける音がした。

「――っ!」

間近で聞こえたその音に、ギョッとしてそっちの方向を見る。
「あれ……?」
そこにはエリオット。驚いたように自分の手を見ている。
えーと?彼の指にはティーカップの取っ手『だけ』。
残りはと視線を下ろすと、熱い紅茶に濡れた膝。草むらの上に落ちて砕けたカップ。
「どうした?エリオット」
ブラッドが聞くと、
「え?俺にもよく分からねえ。何か力を入れたら、ボロッと取れて……」

……整理しよう。エリオットの指に力が入りすぎてティーカップの取っ手が砕け、
残りのカップがそのままエリオットの膝の上に落ちた、らしい。
……て、指の力、どれだけあるんですか。

「あ、あ、熱っ!」
そして一呼吸遅れ、熱々の紅茶に絶叫する三月ウサギ。
「うわ、馬鹿ウサギだ、馬鹿ウサギ!」
「膝じゃなくて頭に浴びた方が良かったんじゃない〜?」
「エ、エリオット様〜!大丈夫ですか〜!?」
大喜びではやしたてる双子、慌てて駆けよる使用人さん。
お茶会にはにわかに大騒ぎになった。

「嫉妬深い飼い主がいないときにな」
ブラッドはどこ吹く風で紅茶を飲み、肩をすくめた。

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