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■最強のすれ違い

しばらくして声が聞こえる。
「ナノ……嘘をついてる声じゃ、ないな……本当に……俺を……?」
「はい!」
私は熱く、人生初めてというくらいの情熱を持って玉露に語りかける。
「ええ、そうです。いつだってあなたを思っています!最初にこの世界に来たときも
あなたに会ったからこそ、私は自分を保ち、生きてこられたのだから……!」
「ナノ……俺もだ。おまえに初めて会ったとき、俺はおまえに一目で……」
うむ。最初に不思議の国に来たとき、玉露を持っていたのです。
「お願い。もう一度、私を受け入れて、私を信じて……」
「ナノ……っ」

玉露の方に一歩近づく。
気のせいか長身の影がビクッとした気がした。
ていうか、さっきからこの影、邪魔だなあ。
でも玉露は苦悩のにじむ声で言う。
「いや、でも信じられねえ!何で俺から逃げた!それをちゃんと説明しろ!」
「愛することが怖かったんです!あなたは私にはあまりにも至高の存在すぎて!!」
だって高すぎるんだもの!
「もう二度とあなたを離さない。永久に、ずっと一緒です……」
私は涙をぬぐい、玉露のもとに駆けだした。

「ナノっ!!」
が、玉露に達する前に何かでっかい影が視界を覆う。
「ぐはっ!!」
少女らしからぬ声が喉からもれ、痛みに涙も一気に引き、私は正気に戻る。

あれ……?

――え?玉露は?ていうか、私、お花畑に飛んでました?

いやあ、玉露を久しぶりに飲めるという感動で、電波とお茶会をしてたようで。

……えーと、で、ここはどこで私は何に拘束されてます?

「ナノ……疑ってすまなかった。俺もおまえに誓う」
「は?」
「もう二度とおまえを離さねえ……永久に、ずっと一緒だ」
「はあ?」
耳元で何かに、妙に熱く語られた。
「あー、エリオット。お久しぶりです。で、何がどうしたんですか?」
私を抱きしめているのはエリオット=マーチだった。
あれ……?荒れてるという話だったけど、何か感極まったように涙ぐんでいる。
「ナノ……ナノ……っ!」
なーんだ。テンションが少々高いけど、別に普通じゃないですか。
ウワサって大げさだなあ。全然荒れてないし。
私は以前と変わらないエリオットの腕の中、きょとんとして首をかしげた。
で、エリオットはなぜか一人でやたら盛り上がっている。
「ナノ、ナノ、愛してる……!」
あの……大勢の前なので、こういうノリはちょっと……。
「ど、どうも。あの、それで私は玉露を取りた……」
最後まで言い切る前に、エリオットにキスをされた。

…………

…………

ブラッド達はまだ会議室に到着しない。
で、会議室では領主不在の役持ちや顔なしさんたちが、私に注目していた。

「ふふんふーん♪」
私は皆さんに向き合う正面の席で、お茶を淹れている。
鼻歌を歌い、急須に玉露の茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。
厨房さんから超高速で持ってきていただいたものだ。

「ええと、それで、君は帽子屋屋敷に移ることにしたのか?」
遠慮がちにグレイが聞いてくる。えらく暗い表情だ。
「そうです」
私はうなずく。
電波とお茶会をしている間に何があったのか謎だけど、私が帽子屋屋敷に戻ること
だけは、なぜかグレイ達に伝わっていた。
「三月ウサギへの言葉に、嘘偽りは感じられなかったが……」
え?私、エリオットと何か話しましたっけ?
「だが戻ることについては、奴らに無理やり決めさせられたんだろう!?」
グレイは信じられない、という声だった。私もちょっと言いよどむ。
「ええと、ブラッドたちと話し合って……そう決めましたので」
私は茶の蒸らし時間を頭の中で測る。
……ちなみにエリオットは寝てる。
私の足下によりかかり、それはもう大爆睡だ。重い。

とりあえず脅迫された経緯は省き、余所者ということを改めて話した。
「異世界に来てから、一番お世話になったエリオットが望んでいることですので。
私が家出をしたせいで、何か皆さんに、ご迷惑をおかけしたみたいですし……」
今後起きることが予測される被害を防ぎ、事を丸くおさめるため。
「君の意思で三月ウサギのもとに戻るのなら……」
グレイはどこか納得が行かないという、顔で私を見ている。
いやそれよりは何だか、大変なショックを受けた表情にも見えるけど。

……エリオット。よく分からないけど、私を抱きしめ、みんなの前で熱いキスとか
死ぬほどこっぱずかしい真似をしてくれ……それから崩れるように眠ってしまった。
他領土の人たちの前だ。恥の上塗りにもほどがある。起こさないと、と焦った。
でも揺さぶっても起きないし、なぜか誰も起こすのを手伝ってくれない。
なので、仕方なく寝かせたままにしている。
「…………」
よく見ると、顔がずいぶんと疲れ、お耳の毛もちょっと荒れている。
だけど、いろんな人から聞いた、凄まじい狂気の片鱗はどこにもない。
むしろ緊張が一気に解け、安心しきった寝顔だ。
――大げさにウワサするから、こっちも構えちゃったじゃないですか。
私の容姿だけでなく、エリオットの所行にも尾ひれがつきまくっていたんだろう。
人の口ってのは無責任なものだと、私は安堵しつつ首を傾げる。
あと見られているのはエリオットだけでなく、私もだ。
『あれがウワサの?』『でも聞いてたより全然……』というざわめきが痛い。
私が絶世の美少女だというウワサを広めやがったエセ騎士。後で覚えてろ。

……それと余所者だと隠していた理由は、実は全然追及されなかった。
この世界の人は『過去に興味がない』という独特の感覚を持っている。
そのせいで聞かれないのかもしれない。
でもブラッドのコトと言い、今まで長々と悩んでたのは何だったんだ。

教訓。案ずるより産むが易し。

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