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■三月ウサギと小さな痛み5

――あれ……?
暗闇の中で目が覚める。
何だか全身がやけに疲れている。
汗が出て、やたらと疲労し……下半身になじみのある不快な感触がある。
でも、さっきまであったアザや打ち身の跡は治っていた。
時間帯が経過し、回復したらしい。
「私は……」
どのくらい経ったのだろう。傷が治ったことに安堵しつつ、ぼんやりと言うと、
「即効性だからなあ。切れるのも早いな」
「っ!!……エリオット!」
エリオットは私の横で煙草を吸っていた。そして私の声にフッと笑い、
「喉も治ったか?じゃあ、悪いな……続き、しようぜ」
そう言うと灰皿で煙草をもみ消し、私に覆いかぶさる。
そうだ。エリオットに変なお酒を飲まされて、それから……。
「ま、待ってください……私、身体が……」
「傷は治った、喉も治った。ならいいな。媚薬は使いすぎるとヤバいんだ」
「え?」
媚薬って何のことだろう。
でもエリオットは説明せず、私にキスをした。
背骨がギシッとなるほど抱きしめられ、
「い、痛い……やめてください、エリオットっ」
「ああ、その声だ。あんたの声が、聞きたかった……」
泣いても叫んでもエリオットは止めてくれない。
欲望にまみれた息で私の身体に手を伸ばした。

うつぶせになり、必死でシーツをつかむ。
「やあ……はあ……あ……」
「ナノ……」
腰を抱いて渾身の力で打ちつけるエリオットは勢いも硬さも衰えていない。
「あんたの中……本当に最高だ……すごくいい……もっと、叫んでくれ……」
「……エリオット……エリオットぉ……ああ……っ」
何度も何度も揺さぶられ、涙がこぼれる。
もしかしたらエリオットは私の顔が見たくなくて、この体位にしたんだろうか。
「ナノ……ナノ……あんたが、好きだ……」
こちらの意思を無視して痛みを与え、快楽を強要する三月ウサギ。
言葉は通じるけれど心はこれっぽっちもつながらない。
エリオットも分かっているんだろうか。
私の言葉も泣き声も全く聞いていないように、おかしくなるほど打ちつける。
――でも、私も同じですか……。
好きでも無い男性を受け入れ、快楽を逃すまいと締めつける。
愛液とエリオットの体液の混じったものがとめどなくこぼれ、身体を汚していく。
「エリオット……すごく、いいです……もっと……強く……」
「ナノ……愛してる……あんたのために……必ず、生きて……」
腰を引き、強く打ちつけられた瞬間に真っ白になって、私は達した。
そしてエリオットが震えながら、中に白濁したものを注ぎ込む。
「はあ……はあ……」
「ナノ……」
彼と交わす言葉は最初からない。
義務を終えた安堵感で、シーツに沈む。
頭を撫でるエリオットの手を感じながら、眠りについていった。

…………
ボーッとして、人の気配の少なくなった帽子屋屋敷を歩いている。
何か大きな作戦だかで屋敷のみんなが外に出ている。私は手持ちぶさただ。
「森に散歩に行けませんかね」
ぶらぶらと門に足を伸ばして、たどりつく。
「んー……」
門に触れ、思い切って足を一歩外に出そうとし……謎の壁にぶつかる。
「はあ。またですか」
ブラッドは気まぐれだから、私は外に出られたり出られなかったりする。
――まあ、いいですか。この間、森に行ったときには災難が……。
「災難……?」
何かあっただろうか。首をひねってもサッパリ思い出せない。
まるでそこだけが記憶の連続性から切り取られたように空白だ。
「……て、大げさですね。何もなさすぎてど忘れしてるだけですよ」
と苦笑していると、
「お姉さん!」
「お姉さん〜!」
後ろから双子が飛びついてきた。
「あら、おかえりなさ……げっ」
女性らしからぬ声を出してしまった。
だって、双子と来たら……その、かなり身体が別の色に染まっていた。
まだ乾かない、色のついた手で私に手を伸ばす。
「今回は本当に大変だったんだよ〜」
「あ、ええと大変でしたね。よしよし」
双子の髪を撫でると、手までその色でべっとりと汚れてしまった。
「おい、おまえら!ナノが汚れるだろうが、離れろよ!!」
エリオットが双子の襟首をつかみ、私から引き離す。
そして抗議する双子を無視して私に向き合うと、私の手をとり、身につけた紫の
マフラーでごしごしとふいた。
「え、エリオット、悪いですよ!」
「別に構わねえよ。今さら汚れが増えたってな」
「…………」
確かに、エリオットの方がひどい。双子の、数倍の量の液体に染まり、他にも傷や
汚れが無数にある。背後の使用人さんや構成員さんたちも似たり寄ったりの様相だ。
でもエリオットが一番ひどい。
「今回は、ずいぶん危険だったみたいですね」
「おう。でも俺が潜入して突っ込んで、攪乱したから、かなり楽だったんだぜ。
こんな危険な作戦、俺にしかこなせないからな!ブラッドが信じてくれて嬉しいぜ」
誇らしげに胸を張った。
潜入だの攪乱だの、言葉だけ聞くと簡単そうだ。
けど、歴戦のエリオットをして、ここまでひどい姿にさせる作戦だ。
「ブラッドのために、そこまでするなんて……エリオットは勇敢なんですね」
エリオットの顔の汚れを逆に拭きながら、せめてもの讃辞を送る。
するとエリオットはなぜか真顔になった。
「ブラッドのためなら何でも出来る。それに十分すぎる報酬もいただいたからな」
そう言って何か言いたげに私を見下ろした。
「俺の報酬、何か分かるか?」
私は首をかしげ、
「そりゃ、お金ですよね。まあ、ニンジンはたくさん買えますよね」
するとエリオットが妙な顔をした。
「……エリオット?」
過酷な任務について精神を摩耗させたのだろうかと不安になる。
でもエリオットはすぐ笑顔になり、
「そうだな大金だ。さて、ブラッドに報告してくるぜ!じゃ、またな、ナノ!」
大股で屋敷の方に歩いて行く。
「あ、ちょっと、エリオット!」
声をかけようとしたけれど、その前に双子が構って構ってと、再度私に飛びついた。
――何でしょう、いったい。

さっきエリオットは、間違い無く泣きそうな顔をしていた。
あんな危険な任務に従事した人が、子どものように。

でも私の一言に、彼を泣かせる威力があるとは思えない。
やっぱり疲れて精神が疲弊していたんだろうと思い直した。
――……。
胸が痛い。ほんの少しだけ。小さな痛みだ。
私は双子を改めて撫でてやりながら、エリオットが去った方向を見る。

――でも、無事で良かったです。

胸が小さく痛む理由は分からない。でも、これは忘れていい痛みな気がする。
――私も、ブラッドに会わないと。
でも足はなかなか動かない。
私は小さな痛みの余韻を何度も味わう。

双子が休息のために去っても、風に吹かれながら私は立っていた。
小さな痛みを忘れるのが怖くて。
エリオットの去った方向……帽子屋屋敷を、いつまでも見ていた。

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