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■静かなお茶会・下

空気がビリビリと張りつめている。
のどかなお茶会のはずなのに、その場はあまりにも静かだった。

ブラッド=デュプレは着々と私の外堀を埋めていく。
「エリオットの行動は危険極まりない。寝食を削って探索し罠にも飛び込んでいく。
そして順調にやつれている。今は何とかカバーしているが、いずれは致命的な隙が
出来るだろう。そうすれば奴は破滅だ。二度と会うこともない。良かったな」
「…………」
エリオットに会えなくなる。可能性が私の思考を奪う。
「で、で、でも、私はマフィアは嫌なんです。
簡単に人を傷つけるとか命を奪うとか……」
「君個人の価値観など、我々にはどうでもいい。
帽子屋屋敷に戻ってもらう。それだけだ」
つたない理由はアッサリと否定された。

すると、援護が意外なところから来る。
「娘。騎士から話は聞いた。奴が自分に何をしたか、忘れてはいないだろう?
女をひどい目にあわせる男が破滅しようと、何ら同情に値せぬわ。
城においで。わらわが凶暴なウサギから守ってあげる」
状況が不利とみたか、一転して猫なで声のビバルディ。
……城には凶暴なウサギはいなくとも、凶悪なウサギと騎士はいますが。
そして遅ればせながらナイトメアも発言する。
「ナノ。言ったじゃないか。塔でがんばると。
グレイとも仲直りが半ばで、このままでいいのか?
何もかも投げ出して、中途半端なままで!」
そう発破をかけてくる。
「芋虫は黙っていろ。塔に迷い込んだ猫は、元々帽子屋領のものだ。
権利は全てこちらにある。えさ代くらいは後で払ってやろう」
「フン、権利などどうでも良い。わらわがもらうと言えば、わらわの物じゃ!」
……早くもスルーされ気味である。
「うう、すまない……グレイにやっぱり立ち会ってもらえば良かった……」
「あ、その、どうも……」
えーと、夢魔として中立地帯の主として『自分の身は自分で守れ』と、突き放した
立場なのかと思ってたけど。
まさか単に交渉ごとが苦手で、会話に入って来れなかっただけ……?
「い、いいいいや、別にそんなことは!わ、私は君のことを気に入って……」
そして、優勢になって来たブラッドはニヤリと笑う。
「なら理詰めは止め、よりマフィアらしい手を使っても構わない」
……嫌な予感しかしない。

「そうだな。君は人を傷つけることや命を奪うことが嫌だと、さっき言ったな」
そしてチラリと女王を見る。まさか……。
「一時間帯に一人、顔なしを始末しよう。
一人一人、繊細な拷問を施した手間のかかるやり方でな。
敬愛する上司を正気に戻すためなら、部下たちは喜んでやってくれるだろう」
「な……っ」
な、何て最低な発想だ……。
「フン、それならわらわも同じ事をするわ。そうじゃな。
娘。おまえが来なければ、一時間帯に三人、首をはねさせよう。
帽子屋領に行ってもはね続ける」
「……っ!!」
つまり私がマフィアの領土にいる限り、一時間帯に三人の時計が止まると。
己のワガママのため、国から人がいなくなってもいいんだろうか。
ビバルディは艶然と笑っている。私を来させるための嘘にはとても見えない。

だけど、マフィアのボスのアイデアにはさらに続きがあった。
「浅知恵だな、女王。その程度の対抗措置は予想がつく。
だから私も、よりえげつない手法を採らせてもらおう」
「よりえげつないって、これ以上何を……」
「簡単な事だ。まず顔なしの娘を片っ端からさらい……」

……その後のブラッドのセリフは省略させて下さい。
どこまでもむごい、吐き気を催すことを無関係な娘さんにする、とだけ。

「何て、ひどい……」
全て聞き終えたナイトメアは嘔吐をこらえる顔で口を押さえている。
「……どこで、そんな最低な手法を……」
さすがに女王も顔色を失い、どこかショックを受けた表情で帽子屋を見ている。
ビバルディは女だし、汚いことが嫌い。ブラッド以上の拷問は考えつかない。
「マフィアが清らかな手法ばかり採用すると思ったか?」
ブラッドは涼しい顔だ。彼も女王と同じく、嘘を言っている顔には見えない。
「あなたの口から、そんなゲスな発想が出るとは思いませんでした」
乾いた声で言うと、貴族然としたブラッドは優雅にステッキを構え直す。
「私はマフィアのボスとして、組織の健全化のため最大限の努力しているだけだ。
君が頑迷にエリオットを拒むなら、こちらも強硬策に出るしかない。そうだろう?」
そのワリに、瞳には獲物を追いつめる愉しそうな色が浮かんでいる。
「それで?そろそろ君の答えを聞かせてもらおうか。お嬢さん」
もう勝者は誰の目にも明らかだった。

「帽子屋屋敷に戻ります。
二度とエリオットのそばを離れません。
彼とあなたの命令に、決して逆らわないと誓約します」

そう言うしかないだろう。
「この……××××が……」
「あとビバルディ、無関係な人の斬首は止めてくださいよ?」
それだけ釘をさしとこう。
「ナノ。君には塔にいてほしかった……」
ビバルディの悪態やナイトメアの嘆きが聞こえるけど、それも遠く感じる。
……というか今さら嘆くなら、もう少しバトルに参加して下さいよ、ナイトメア。
対するマフィアのボスは上機嫌だ。
「分かってくれて感謝する。では今すぐに帽子屋屋敷に送らせるとするか」
ブラッドの声も遠い。
私は力なくソファに座り、もう誰の声も耳に入らず、うつろに床を眺めていた。
そのとき、新しい声が聞こえた。

「あ、陛下。お久しぶりです!」

あまりにも平和な響き。その場違いさに、つい顔を上げると、

「や、ナノ。ついに余所者ってバレちゃったんだ。
俺と君だけの秘密にしておきたかったのになー。あはははは!」

ハートの騎士が腕組みをし、扉にもたれていた。
私と目が合うと、あの薄ら寒い笑顔で私に片手をあげる。

……また道に迷ったな。

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