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■静かなお茶会・中

「女王……」
険悪な雰囲気をチラチラとにじませるブラッド。
けど女王に反論するより、矛先を私に向けてきた。
「お嬢さん。エリオットは君を探し続けている」
そのあまりに冷ややかな声。
「…………」
「エリオットは君の情報を求め、今は空いた時間を全て、君の探索に回している。
寝食を削り、ニンジンにはもはや見向きもしないありさまだ。疲弊を極めている」
「ニンジンにも?何で、そこまで……」
例えは微笑ましいけど、普段のエリオットのニンジン中毒を知っている人が聞けば、
かなりの異常事態だと推察できる。
そして、相変わらずの疑問なんだけど、私は外見も中身も平凡そのもの。
何だってマフィアの2が、そこまで思いを寄せてくれるのか、全く理解出来ない。

「さあな。本人に聞けばいいだろう。
奴が壊れる姿を見るのも一興だが、まだ利用価値がある。
君には手足を切り落としてでも、屋敷に戻ってもらう」
……脅しだろうけど、必要とあらば本気で実行するんだろうな。それに、利用価値と
冷たく言ってるけど、本当は何が何でも元に戻してあげたいんだろう。
「でも、私は、その……」
反論の材料を探してモゴモゴ言っていると、ビバルディが軽蔑したように鼻で笑う。
「悪あがきよのう、帽子屋。嫌がる女を無理に連れ戻し、狂ったウサギにあてがった
ところで、しょせんは一時しのぎ。遠からず事態は破局するぞ」
……それは、言えてるかも。どういう形での破局かは想像したくないけど。
「いっときでも落ち着けば良い。エリオットは、その間に私が何とかする」
マフィアのボスはきっぱりと言う。さすが役持ち。言葉に重みがあるなあ。
でも、あなたの発言は事実上の『ナノ使い捨て宣言』に等しいのですが。
……薄々思ってたけど、グレイ同様、ブラッドも私への印象があまりよろしくない
らしい。ただボスの余裕なのか表面上、紳士的なだけで。
まあ出会ったばかりな上、私は彼の悪友をたらしこんで、責任も取らず逃げた女。
印象が悪いのも仕方ないですかね。
……とはいえ、こういう場では響くなあ。

で、ビバルディは私に一転、艶やかな笑みを見せる。
「わらわは同性のおまえに、男に隷従せよ苦痛を堪え忍べ、などと、愚か極まりない
命令はせぬよ。栄誉ある紅茶係として贅沢三昧をさせてあげようね。
愛人など、騎士でも宰相でも、好きなだけ持つがよい」
うーむ。アメとムチの使い分けっすか。さすが女王さま。
「ご、誤解されてるようですが、私はエースやペーターとは別に……」
そこらへんは訂正しておかないと。
「ナノ、話がそれかけている。この二人のペースに流されるな。
しっかり自分の希望を述べなさい。『城か帽子屋か』の二択に流れかけているぞ」
「っ!」
後ろからナイトメアに言われ、私は我に返る。
……というかナイトメアはここでも中立気味だ。
夢ではいろいろアドバイスしてくれたのに、本番では援護に回ってくれない。
「え、ええと、その、何だ。塔はもともと中立地帯で、もちろん君の希望には……」
「いえ、こちらこそすみません。苦しいときだけ頼っちゃって」
ここは夢魔の領土だけど、夢魔の領域ではない。グレイもいない。
考えてみれば、苦しいときだけ私を守れ、なんて図々しい話だ。
そしてグレイの背中を脳裏に思い浮かべる。
夕日をまぶしがる私に、そっとカーテンを閉めてくれた。
それを思い出すと、なぜか勇気がわいてきた。

クローバーの塔にいたい。
仕事をちゃんと覚え、グレイやナイトメアとはこのまま知人でいたい。
マフィアと関わり合いにならず、一人静かに暮らしたい。
エリオットには落ち着きを取り戻し、私を忘れてほしい。

「エリオットの現状に関しては大変遺憾に思います」
「そうか」
「ですが私は、彼やあなたと何らかの契約を交わした間柄ではありません。
よって義務も責任も生じません」
顔を上げ、まっすぐにブラッドを見る。
「私は塔に滞在し、仕事を覚えて自立したいと思っています。
『余所者』が滞在地を変更することについて止められるルールはないはずです」

省略すると『そっちの事情なんて知ったことか。したいようにする』。
……勝手なのは山ほど承知している。
大言壮語を吐いてボリスに背を向けた割に、最善の道を模索する余裕がないのだ。
でもエリオットだって、私が戻る可能性がないと知れば、きっと我に返るはず。
もう女王やボス同様『したいことをする』の一点張りで、乗り切るしかない。


「なら君はエリオットが、このまま破滅してもいいと言うのか?」


「……っ!」
かくして数秒で陥落しました……。

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