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■静かなお茶会・上

「えーと……」
私はお盆を持ち、そわそわと領主様たちを見る。
とりあえず、求められるまま紅茶を淹れ、権力者お三方に飲んでいただいている。

……空気が重い。
とてつもなく静かだ。

今、エリオットが荒れてるらしい。
なのに、マフィアのボスも女王陛下も、涼しい顔で……少なくとも見た限りは、
涼しい顔で、おのおのソファに座り紅茶を飲んでおられる。私の淹れた紅茶を。

――うう、自分の作ったお茶だから、蒸らし時間もよく分からないし、茶葉の開きも
バラついてましたよね。ブラッドも普通の紅茶を保ってきてくれればいいのに……。
ほぼ逆ギレ気味に思う。今までの経験とカンを頼りに淹れたけど、どうなんだろう。
幸い、緊張を同じくしてくれるのはナイトメアだ。
強敵?政敵?の二人に対峙している上、補佐官も不在でやや顔色が悪かった。
それでも、かろうじて夢魔の威厳は保ち、足を組んで紅茶を飲んでいた。
ちょっとお膝が震えてますが……あ、心を読まれた。睨まないで下さいって。
私は座るわけにもいかず、心臓を打ち鳴らして成り行きを見守っている。
エリオットのこと、私の滞在場所のこと、これからの生活のこと。
重要な問題もろもろを、せっかくエリオット抜きで話し合えるというのに、今イチ
声をかけられる雰囲気じゃない。
窓の外には雲が流れ、昼の時間帯は、あまりにも静かに過ぎていった。

……そしてまあ、戦闘も彼らの気まぐれによって開始された。

やがてビバルディが、空になったティーカップを置く。
私は慌てて、作っておいた次の紅茶を注いだ。
そしてそんな私に、彼女は傲慢な視線を向けてうなずき、
「よかろう。腕はまあまあじゃな。荒削りな面は見られるが、わらわは心が広い。
余所者の小娘。おまえをわらわの紅茶係に命ずる」
「え?ちょ、ちょっと女王陛下!」
即決状態のビバルディに私は慌てる。
「何じゃ?わらわに逆らえば首をはねるぞ!」
不快そうな視線を私に向け、威圧。
「い、いえ、その……」
頑張れ、私!……ああ、小心すぎて言葉が出ない……。
そして第二撃も来る。
ブラッド=デュプレがカップを置き、私に言った。

「君を帽子屋屋敷の紅茶職人として採用しよう。
以後はエリオットの部屋に住み、私と奴の命令に完全服従しなさい。
我が腹心を狂わせた罪過は、それで棒引きにしよう」

「…………」

ずいぶんと久しぶりに『会った』マフィアのボス。
前の世界ではひどい迷惑を受けたので、こちらで会えば、そのトラウマが再発すると
ずっと思っていた。
けれど、こちらの彼が私に向ける視線は冷静で、感情が見えなかった。
なので私も、思っていたよりまともに対応することが出来た。
あまり怯えず、もう少し早く会ってても良かったのでは。なんて今さら思ったり。
とはいえ、恋情が絡まなくともマフィアのボスは十分に強敵だ。

「あ、あの、そういうのはちょっと……」
ブラッドのカップにも二杯目を注ぎながら、私は冷や汗をかく。
命令されて『はい』と素直に従えるなら、ここまで逃げちゃいない。
私は助けを求め、現滞在地の領主に目を向ける。
「ええと、私はだな……」
ナイトメアは珈琲派なせいか、飲み終わってない。半分残ったカップを置き、
「私たちは君を必要としている……だから塔で私やグレイといてほしい」
……あなたの場合、単に補佐官殿の攻撃対象を拡散させたいだけでしょうが。
「な、何だと?ナノ、私は決して……!」
けど慌てた夢魔の言葉は、さっさと女王が遮る。
「フン、塔や帽子屋などどうでもいい。わらわの決定が全てじゃ!」
「え、そんな。それはあんまり……」
そして帽子屋のボスも、黙ってはいなかった。
「余所者のお嬢さん。君に関する権利は全て帽子屋ファミリーが所有している。
拾ったのもうちの腹心なら、面倒を見たのも奴だ。
君は我が屋敷の所有物であり、エリオットと私の命令に従う義務がある」
「いえ、どんな義務ですか、それ……」
こちらの世界でも相変わらず自分ルールなボスに、げんなりする。
やっぱりあのとき出て行って正解だった。
でなければ、二度と帽子屋屋敷を出られなかっただろう。
そして自分ルールな人は、この場に、もう一人いる。

「この余所者の娘は、我が城に来てもらう。娘、マフィア風情など気にするな」
ビバルディは一歩も退く様子がない。
フッと、嘲笑を浮かべ、
「元々狂ったウサギが完全に狂おうと、我が陣営の知ったことではないわ。
醜く、情けない姿を顔なしにさらし、無残な最期を迎えればいい。
わらわの紅茶のためにな」
冷酷に笑ってティーカップに赤い唇をつける。

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