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■クローバーの塔へ

「あ、そうですね。では行きましょうか」
と私も立ち上がり、
「ナノはダメ」
ボリスに額をつつかれる。
「あう」
やっぱり便乗はダメか。
「言っただろう?ここに慣れるまでダメだって。大丈夫。すぐ戻ってくるから、
大人しく待っててくれよ」
ネズミさんをいじめていたとは思えない優しい目だった。
「あの、えーと、でもですね。私も会合にぜひ参加したいなーとか。
どうしてもダメなら、クローバーの塔の客室で……」
「ちゅう。俺も止めた方がいいと思うよ」
何と、ピアスがボリスの援護に回る。
「君、名前が同じだもの。エリーちゃんが聞いたら、何をされるか分からないよ」
何を想像したのか、身体を震わせる眠りネズミさん。
ボリスも珍しくこづかずに、ピアスに同意する。
「街じゃ、若い女の子の誘拐事件も増えてる。安全な場所にいた方が絶対にいいよ」
……余計に聞き流せないことを聞いてしまった。本当にどうしたものか。
「さ、行くぜ。馬鹿ネズミ」
そしてボリスが何かをして。一瞬の後に、そこに扉が出現した。
「ボリス」
私はもう一度ボリスに声をかけた。
「ナノ?何?ワガママを言ってチェシャ猫を困らせると……」
言葉は途中で止まる。

私はボリスの唇に、自分の唇を重ねていた。

隣でピアスが『俺も俺も!』と、やや空気の読めないことを仰ってるけど気にしない。
「どうしたの?俺がいないと寂しい?」
ボリスは余裕だ。チェシャ猫さんは賢いなあ。
私は両手でボリスの手を包み込み、金の瞳をのぞきこむ。
「ボリス。あなたはご存じないでしょうが、私は以前、命を助けられているんです」
「は?」
予想外の言葉だったんだろう。さすがにポカンとするボリス。
うん、忌まわしい記憶の一部だったので忘れてたけど、以前にエリオットが別口で
おかしくなってた頃、ボリスが来て、ハートの城につないだ扉を閉め忘れた。
私はそれをくぐって一命を取りとめた経緯がある。
「そして今も何だかよく分からない、意味不明な理由で好意を寄せて下さって。
私は本当にいいお友達を持てたと思います……」
「あ、あのさ。前半部分、もう少しロマンチックな言い回しとか出来ない?」
こらこら。
「ん」
気を取り直して、もう一度唇を重ねる。
ピアス、無視して本当にごめんなさい。だから寂しそうな顔でこっちを見ないで!
「ナノ、かまって欲しい気持ちは分かるけど、会合なんだ。俺は参加しないと」
私の手をほどき、頭をなでる優しいボリス。私は首をふる。
「私は怖いのも痛いのもダメだけど、人に迷惑をかけちゃいけないことくらいは
分かります。自分のしたこと、決めたことに責任を取らなきゃいけないことも」
やや意味不明な言葉を羅列しても、世慣れたボリスに変化は見られない。
扉を通るスキはとても見えない。

だから、私はもう一度ボリスの手を取り、自分の胸に当てる。

「ナノー、今度は色じかけ?そんなことをしたって…………え……?」

手の平の下の鼓動に気づいたか、ボリスの目が驚愕に見開かれる。
情事未遂の時でさえ気づかなかったことに、今気づいたようだ。
「あんた……よそ……」
「一休みさせてくれてありがとう。何か道はあるはずなんです。探してきますね」
そう言ってボリスから離れ、扉をくぐった。
「ナノっ!」

…………

……光の中をくぐり、踏み越えた先は、クローバーの塔の客室だった。
私はボリスが追いかけてくる前に、そこを走り抜けて廊下に出た。
そして執務室目指して走る。
――グレイでもナイトメアでもいいから、どっちかに会わないと。
エリオットの件について、私は何かしないといけない。

――でも、どうすればいいんでしょうね。
勢いで来たものの、まさか会合の壇上に立ってエリオットを説得……なんて色んな
意味で出来るワケないし。
かといって、本人とサシで話し合おうとすれば、間違いなく力ずくで連れ戻される。
んで、前の狂気の再現だ。身体、保つかなあ……。
それが嫌で他の領土に滞在したとして、エリオットが荒れるだけで犠牲が増える。
戻って自分一人が犠牲になるか。大勢の犠牲を無視して、エリオットが他の女性に
興味を移すまで、塔か城で楽しく過ごすか。
その二択しかないんだろうか……本当に?

『ナノ、こっちだ』
迷う頭に、声が聞こえた。
「ナイトメア!」
すごくありがたい。声の導きを頼りに、一目散に走った。
ほどなくして、扉が一つ見える。
「あれ?ナイトメア。でもこのあたりの区画って……」
執務室や会合のある場所ではない。
『この扉でいい。頼む。開けてくれ』
しばし迷い、最後にうなずく。彼とは、今はお互いにいい友達だ。

私は扉を開けて光の中に入った。

……しばらくして光に目が慣れた。

「え……あれ?」

そこは小さいながらも質の高い調度品のそろった部屋だった。
テーブルの上にはティーセットが一式。
いつだったか、私がナイトメアたちとカップを買いに行った際、選んだものだ。
そして用意された茶葉は……。

「君が作った紅茶『ナノティー』だよ。さあ、腕を見せてもらおうか」

声がした。

ふりむくと、ブラッド=デュプレが立っていた。
あの妙なセンスの会合用スーツを着たマフィアのボスが。
心なしか、やや疲れている感じだった。

「ほら、突っ立ってないでさっさと淹れぬか。首をはねるぞ」
イライラしたように声をかけるのは、ハートの城の女王、ビバルディ。
窓際に、優雅に立っている。

「ナノ」
また振り向くと、夢魔ナイトメアがいた。彼も疲れ果てているようだった。
「先に領主会談を行うことにしたんだ。
それぞれの側近が、君のために感情的になりすぎているからな」
「しかし最後の会合で、まさか『余所者』と会うことになろうとはな」
イライラした様子はそのままに、興味深げに私を見るビバルディ。
そしてブラッドもステッキを持ち直し、
「エリオットや門番、屋敷の者たちの話から『余所者』だろうとは、前々から見当を
つけていたがね。はじめまして、余所者のお嬢さん」
優雅に礼をするブラッド=デュプレ。
「ど、どうも……」
私は服のすそを落ち着きなく握りしめるだけ。

ナイトメア、ビバルディ、そしてブラッド。
三人の領主が私を見ていた。

……えーと、キングさんがいないけど……カウントされてないんだ。

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