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■会合、始まる・下

ピアスの言葉に、心臓が今度こそ停止するかと思った。
眠りネズミさんの行動はつかみがたい。
そしてチェシャ猫さんは、門番のお友達。
彼らがどう出るか。
――いっそ、何もかも話して、味方になってもらえるよう説得を……。
けど、ボリスの次の言葉で、私は口を開くのを止めた。

「俺もそう思った。2さんが探してる子と同じ名前だって」

……おや?

けど、ボリスとピアスは何だかうなずきあっている。
「ていうかさ。みんな迷惑してるんだぜ?お宅の2さんはいつ正気に戻るんだよ」
ボリスの言葉に私は少しだけビクッとする。
でも私のわずかな変化に、幸い、二人は気づかなかったようだ。
私は壁を向くのを止めてコソコソとソファに座る。
すると、すかさずボリスに肩を抱き寄せられるけど、そんな場合じゃない。
私はボリスとソファに座り、二人の会話を聞いた。

ピアスは少し耳をたらす。
「ちゅう……屋敷の人もくたくただよ。今のエリーちゃん、『ナノ』って名前を
聞けば、罠だって分かってても行っちゃうから……」
「領土や時間帯を構わず暴走されて、こっちもいろいろ困るんだよ。
抗争をやるにしても、裏社会のルールくらいあるだろ?」
「そういうのも、どうでもよくなってるみたい。ボス、すごく疲れてる……」
私はドキドキしながら二人の話を聞く。
つまりエリオットは私を探して、暴走状態。
少しでも私の名を聞けば飛び出していく。私の名を利用した罠と分かっていても。
で、結果的に他領土だろうと昼日中だろうと、ドンパチやらかすと。
うう、どれだけの人たちの時計が止まっているのか。

「でも聞いた話じゃ、その2さんから逃げた女って、絶世の美少女なんだろ?
そんな美女ならもう誰かしら見つけてるか、目撃情報が殺到してるって。
でも未だに見つからない。てことは、もう絶対に時計が……だよな」
「ちゅう。みんなそう思ってるけど、エリーちゃん、耳を貸す状態じゃなくて」

……へ?絶世の美少女?

「あ、あのぉー……」
恐る恐る二人に口を挟むと、ボリスがすぐに私の額にキスをした。
「もちろん、俺にはこっちのナノの方が絶世の美少女だからね」
ナイスフォロー、ボリス!
……いやそうじゃない。タラし猫のフォローなんぞ、どうでもいい。
「いえ、その三月ウサギ様の彼女って、どういう方なんですか?
いろいろ噂になってるようですが、私もお役に立てそうなら……」
するとボリスは私の髪に指をからめながら宙を見る。くすぐったいー。
「うーん、俺が聞いた話じゃ、誰もが振り返る絶世の美少女って話だったよ?
肌は絹のようなスノーホワイト。長いまつげの下は、憂いにきらめく黒曜石。
みどりなす黒髪は細い足首までのび、そよかぜになびけば、誰もがため息をつく。
立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合の花……」
だから……誰だ、それは!てか私の髪、そこまで超ロングじゃないですよっ!!

噂には尾ひれがつきものだけど、それにしてもつきすぎだ。
――もしかして、エリオットは私と同じ名前の、新しい彼女を作ったとか?
そうだったら万々歳なんだけど。
これは何が何でも真偽を確かめねばなるまい。

「で、そ、その美少女は、他にどういう特徴があるんです?
同じ名前の子ですから、気になっちゃうんですが……」
私はさりげないフリを装って、ピアスに聞いてみた。
「ちゅう?俺もよく覚えてないんだ。いろいろ言われたけど……」
と首を傾げる眠りネズミ。その話を噂に長けたチェシャ猫が引き取る。
「おまえ、マフィアのくせに何も知らないんだな。
その子はハートの領土の、貴族のご令嬢だったって聞いたぜ?」
「へ、へえ……」
「莫大な借金のカタに、カジノの元締めとか暗殺者とか、悪人ぞろいの婚約者候補の
一人と結婚するか、王女の身分を隠して魔法学校で従者を探すか、第二王子の護衛に
なって生涯を捧げるか、どれかを選べって言われて。
んで逃げ出して、ネバーランドに行く途中で、麦畑で倒れてたらしいぜ」
……すっごい選択肢だ。そりゃネバーランドに逃避したくもなるわな。
ていうか王子って何すか。魔法学校ってこの世界にあったっけ?
あと『貴族のご令嬢』の設定が、途中から『王女』になってるし。
しかしまあ麦畑とか、微妙に私のことにはカスッている。
それで彼女はエリオットに会……。

「で、麦畑にやってきたハートの騎士と、互いに一目で恋に落ちたんだってさ」

……エリオットの出番、食われてるし。
あと噂を改ざんしやがった犯人が分かった。

「えと、だいたい把握出来たのでもういいです……」
頭痛をこらえ、ボリスを止めた。
「えー、これからが面白いんだぜ?二人は旅に出て、城の舞踏会にたどり着いた。
だけど女王様がいなくて、なぜか代わりに王子様がいた。で、ガラスの靴で……」
「え?ええ?その王子ってさっきの話で言ってた第二王子様のこと?舞踏会の後で
護衛することにしたとか?で、そのお城のある街に魔法学校に通って婚約者が……」
「ピアス、無理につなげると余計に破綻しますよ」
というかそこまで話が進んでおきながら、三月ウサギが未だに出て来てない件。

でもまあ、とりあえず分かったことがある。
騎士個人の判断か領土ぐるみか分からないけど、デマが流され情報が混乱している。
おかげで私に包囲の手が伸びない、ということらしい。
「それで帽子屋屋敷の方は大変なんですか」
話を戻すと、ボリスもピアスもうなずいた。
「そ。もう誰も2さんを押さえられない。少しでも自分の女の噂があるとすぐに
飛んでって、撃ち合い沙汰になって。そのたびに、たくさん時計が止まってる。
そのナノって子が見つかれば、終わるんだけど、未だに見つからない」
「仕事がいっぱいで、俺ヘトヘトだよ。それにエリーちゃんの八つ当たりで仲間が
いっぱい撃たれてるんだ。俺、会合でエリーちゃんに会うのが怖いよ……」

――エリオット……。

絶世の美少女とか、矛盾だらけの冒険譚とかなら、まだ笑える。
でも実際には、たくさんの犠牲者が出ている。
混乱を好機と見て、帽子屋をつぶそうとする勢力も出ているはずだ。
マフィアは嫌だけど、帽子屋屋敷には恩がある。陥落してほしいとまでは思わない。

――私がエリオットの元に戻れば丸く収まるんでしょうか……。

でも、どう考えてもマフィアは嫌いだ。関わりたくない。
じっとしていてもダメ、捕まってもダメ、逃げるのはもっとダメ。
いったいどうすれば……。

「じゃ、そろそろ会合に行くか」
とボリスが立ち上がった。

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