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■ボリスに飼われるハメになった経緯・下

「いたくない場所に無理にいる必要はないよ。恩とか義務とか、下らないって」
そりゃ、チェシャ猫さんならそういうノリで世間が納得するだろうけど。
「人間はそうは行きませんよ。誰だって自立して生きないと」
もしかして……ボリスは能力を使うのが面倒で、渋ってるんだろうか。
そういえば初対面同然だったと恥ずかしくなり、私は立ち上がって出口に向かう。
「どこ行くの?」
チェシャ猫の低い声。私は振り返って頭を下げ、
「歩いて塔に帰ります。お部屋に誘ってくれてありがとうございました。
お知り合いになれて、すごく嬉しかったです、ボリス」
と、扉のノブに手をかけようとし……手が空を切る。扉が消失した。
「……え?」
呆然とし、見えないノブをつかもうとバカみたい手をさ迷わせる。
でも扉は現れない。
「空間を切った。あんたはここに来たばかりなんだ。外に出たら、迷子になって、
帰れなくなる。そのうち散歩に連れてってあげるけど、それはもう少し慣れてから」
いえ、飼い始めのペットじゃないんだから。
しかし斜め上の展開すぎて、口をパクパクさせ、近づくボリスを見るしかない。
「うわっ!」
「よっと……じゃ、そろそろ寝ようか」
ボリスは私を軽々と両手で抱えて、ベッドで向かう。私は完全に混乱し、
「え?さっき寝たばかりなのに、どれだけ睡眠を取……じゃない!ボリス!塔に
帰らせてください!本当に、このままじゃクビになって追い出されちゃいます!」
「その方がいいって。そうしなよ……ふにゃあ〜眠い」
私をベッドに横たえ、自分も隣に寝るボリス。彼はまたチュっとキスをする。
そして強ばる私の髪を優しくかき上げ、穏やかな金の瞳で
「大丈夫だよ。今回は我慢する。さっきひどいことをしたからね……」
「え?あ、どうも……」
男女の営みをしないらしいことは何とか分かった。
でも『ひどいこと』って?というかコレ監禁では?十分ひどくないですか?
あと猫さん、さっきから頭の中で、独自のストーリーを展開なさってる気がする。
頼むから、猫さん以外にも分かるように説明してください!

しかし混乱でやはり頭が真っ白だ。
出口の消された部屋。フッと照明が消える。
「すう……」
私に腕枕をし、さっさと寝息を立てるチェシャ猫。

私は事態を何とか理解しようと考えに考え……頭が疲れて寝てしまった。

…………

「ナノ!いったいどこにいるんだ!?」
夢の中で久しぶりに会ったナイトメアは、夢魔の威厳もどこへやら
ひどく慌てふためいていた。
「一時は総動員で君を探したんだ。グレイなんか、目も当てられないくらいだぞ。
ま、まさか捕まったのか?もしかして今、君は帽子屋屋敷に……」
「すみません。ご心配おかけして……」
夢の中で正座し、縮こまる。

「実はボリスの部屋にいるんです」
「……は?」
夢魔は呆気に取られた顔をした。

「よく分からないんですけど、森に行って出会って、すぐ気に入られたみたいで」
気に入られたらしい経緯は省略する。話が飛びすぎて、私にも説明出来ないからだ。
「ああ、私も仮眠中なんでそんなにヒマはない。そこまではいいよ。
君は余所者だからな。しかし噂には聞いていたが、余所者というのは本当に……」
そこらへんをフラフラしてはホイホイ男を拾ってくると?
「い、いや、そこまでは思っていないさ!」
慌てるナイトメア。
「慣れるまでって言って部屋を出してもらえないんです。どうにかなりませんか?」
「チェシャ猫の空間能力か?それは厄介だな」
ナイトメアはうなって、彼らしくもなく頭を抱えた。
「ハートの城に帽子屋屋敷、クローバーの塔まで君のことでモメてるというのに、
これでチェシャ猫まで参加されたら、絶対に誰かが武器を持ち出すだろうな」
もはや確定事項、と言わんばかりに嘆く。
「塔はもうあきらめます。
これだけグレイに迷惑をかけて、涼しい顔で仕事なんか出来ません」
状況的にはバックレだ。しかも行き先が男の部屋。今度こそアウトだろう。
「いやグレイに君を手放す気はないだろうな。君が帰ったら、すぐに逃げる性根を
叩き直してやると、算数と国語と道徳の教材を買って、練習問題を印刷していたぞ」
……鬼家庭教師ですか、グレイ。どこまで頭の出来を低く見積もられてますか、私。
あと算数国語はともかく(いや、ともかくじゃないけど)道徳って何だ。

「心が読めない奴だが、下心はないだろう。君の希望を考慮してるんだ。主催者の
補佐だというのに、自分が発言して、城と屋敷に真っ向から対立する気でいる」
「グレイ……」
心が痛む。最初、私に冷たくした埋め合わせなのかもしれない。
でも厄介者の私にとことんつきあい、塔にいたいという意思を尊重してくれる。
それがとても申し訳なく、そしてすごく嬉しい。
私も応えて、塔の一員になれるようにもっともっと頑張らないと。
でもナイトメアは常になく難しい顔だ。
「その意気込みは嬉しい。だから何とかチェシャ猫の空間から抜け出してくれ」
「あ……」
ヤバイ。一番肝心なとこを忘れてた。
「×時間帯後には会合が始まる。チェシャ猫が君を置いて外に出たら終わりだ」
「っ!」
ドキッとする。夢魔は真剣な顔で続けた。
「当の君が参加しないと、君が『余所者』だと証明出来ない。なら君を『顔なし』
として扱うしかない。しかも会合に不参加だ。グレイには分が悪い」
「…………」

「どうにか参加して塔に滞在すると意思表示してくれ。
でなければ……所属を役持ちに、勝手に決められてしまうことになる」

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