続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■ボリスに飼われるハメになった経緯・上 「ん……」 額に冷たい感触があたる。冷たいのが嫌で、顔をぶるぶる振り、寝返り。 「んー……」 丸まって、また眠りの園に行こうとする。でも何だか身体が痛い。 まるで、お外で爆睡したときのような、土の匂いと固い地面の……。 「――っ!!」 寝る直前の状況を思い出し、私は一気に起き上がった。 「い、痛……」 そうだ、野外で寝たんだった。うう……寝過ぎた。 そして周りを急いで確認する。 「……起きた?」 ボリス=エレイがいた。 私に銃をつきつけながら、チェシャ猫さんは警戒して、尻尾の毛を逆立てている。 「え、ええ。まあ。あ、あははは」 ――非常にマズイ……。 「で、あんた何?何で、知らないあんたが、俺と一緒に寝てたの?」 猫さんの感情は見えない。彼の気分次第で、いつ銃口が火をふくか……。 「えーと、そ、その、あの……」 木の幹に『の』の字を書いてもじもじ。魚と間違われて抱きしめられましたって、 信じてもらえるんでしょうかね。 そんな私を見ながら、 「俺……あんたと、寝た?」 低く低く聞かれる。もちろん私はうなずいた。 「はい。寝ました」 「っ!!」 ボリスの目が見開き、尻尾の毛がさらにぶわっと膨らむ。 「な、何で、逃げなかったんだよ……」 大きな猫さんと寝るという誘惑に耐えきれませんでした。それに、 「無理やりでしたし。あなたは男性で役持ちですから抵抗が出来なくて」 男の腕力でぎゅーっと抱きしめられたし、役持ちを起こしたら怒られるかなーと。 あ、目じりに涙の乾いたあとが。あくびしたかな。 「…………」 目元をごしごしやり、ついでにほっぺの泥など落としていると、 「……ああ、くそっ。じゃあ撃つわけに行かないじゃないか!」 私を見ていたボリスは悲痛な声で言って、銃を下ろした。 私もホッとして力を抜く。 それで冷や汗をだらだら流す。私と……なぜかボリスも。 というか、今気づいたけど、外で寝たせいか服がシワになって乱れてる。 あ、寝不足で出て来たせいかボタンかけ違ってるし。 失礼して、ボリスに背を向けて服を直す。あー、髪とか草がつきまくりだ。 その間、チェシャ猫はせわしなく尻尾を毛づくろいし、私を気まずそうに見る。 そして何か決心したように、大きく息を吸い、 「その、悪かったよ!本当に!ええと、す、すごく痛かったよね……?」 「へ?ええ。そうですね。全身が痛いです」 地面で寝ましたしね。するとボリスはギョッとして毛づくろいを止め、駆け寄る。 「ご、ごめん!本当に本当にごめん!き、傷は痛む?アザとかになってる?」 と、私の身体に触れようとし、でもなぜか触れない。で、私をガン見だ。 「別に大丈夫だと思いますが……」 ボリスは寝ぼけてるんだろうか。さっきまで銃をつきつけたと思えないくらい、私に 対して挙動不審気味に気を使っている。そして、 「くそ、マタタビの茂みなんか見つけるんじゃなかった……俺、何てことを……」 と、絶望的な表情でうなだれた。そして陰鬱に私を見る。 「はあ。消したい。すごく消したいなあ……。 けど、でもそんな理由で撃ったりしたら、俺、最低最悪の猫になっちゃうし」 この世の終わり、といった顔で怖いことを呟き、やがて決意したように顔を上げる。 「仕方ないか。今回ばかりは責任取らないと……」 ――ん? 不穏な言葉が聞こえた気もする。それと、なんとなーく違和感。 あの自由猫なボリスが責任とな?何か重大な失敗でもやらかしたんですか? それを自分の中で深くつきつめる前に、ボリスが言った。 「あんた、その……いろいろ大丈夫?」 「え?ええ。いろいろ大丈夫ですよ。ボリス様」 向こうには私は顔なしだし。様付けが適当かなと。 「『ボリス』でいいよ、こういう仲になったんだし。 で、あんたはどこに所属してるの?」 ボリスはイライラと尻尾を振りながら言う。 何すか『こういう仲』って。昼寝した仲?猫は相変わらずよく分かりませんです。 「私はどこの所属なんですかね?」 首をかしげた。住んでる場所はクローバーの塔だけど、一員というには、あまりにも 立場が軽い。というかほとんど給料泥棒だし。 「はあ?あんた、頭大丈夫?」 ストレートに怒られた。 まあ、役割がないと生きていけない世界で『所属が分からない』じゃ頭の変な子だ。 「いえ何て言うか、私って、そういうのが定まらなくて。 嫌になると、すぐ飛び出してフラフラしちゃうんですよ」 ピアスも帽子屋屋敷から出て行った。返答としては、おかしくはないはずだ。 するとボリスは納得したように、うんうんとうなずいて。 「分かる分かる!俺だって、たまに誰かに飼われるけど、すぐ飛び出しちゃうんだ」 猫らしい理由で納得していただけたようだ。でも、すぐ眉をひそめ、 「だけどさ。女の子がフラフラするのは危険だよ?現にさっき、俺に……」 言いかけて『ああー!』と叫び、地面をのたうち回る。 さながら過去のマイ暗黒史を思い出した人みたいに。 大酒かっくらって大失態をおかしたことを、後で人から聞かされた人みたいに。 私と昼寝したことがそこまでお嫌でしたか。ざっくり傷つきますが。 というか、危険な目にはすでに釣りが出るほどに遭遇しております。 2/6 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |