続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■ココアを作るよ!・下

「よし……」
プレス機を上げると、四角い褐色の塊があった。
脂肪分を一部除去されたカカオマス。『ココアケーキ』という名前だ。
名前は美味しそうだけど、もちろん甘くも何ともない。
私は痛む腕の筋肉を叱り、新しいすりこぎにココアケーキを入れると砕いていく。
背後の喧噪には耳を貸さずに……。

エースはグレイに剣を叩きつけながら言う。
「だからさ、彼女が来てくれないと困るんだって。陛下は新しい紅茶係はまだかって
荒れてるし、ペーターさんもモノすごく不機嫌なんだぜ?
そっちだって、帽子屋屋敷の手下に何度も侵入されて迷惑してるだろ?」
え……?そんな話は一度も聞かなかった。エースはなおも続ける。
「俺だってずっと会いたかったんだ。一度恋人になれたと思ったらすぐ逃げるしさ。
なあナノ!今度という今度は誠実な恋人になる!君をいじめたりしないからさ」
白い歯を光らせ、ニコニコと笑うさまが見えるようだ。
むろん、私はガン無視でココアケーキを砕く。
それらはすぐに砕け、粉末状になってくれた。
そうして出来るのが……ココアパウダーだ。
そして、作業が終わった。第一弾のココアパウダーが出来た。
「…………」
私は顔にも服にもエプロンにもココアの粉末をつけた状態で振り向く。
エースとグレイはまだ斬り合っていた。
グレイは厨房内なためか戦いづらいようだ。
こちらは達成感もあったもんじゃない。
エースは私の関心が向いたと知るや、こちらに手をふり、
「ナノー、帽子屋屋敷を出たんだって?向こうはスゴイことになってるぜ?」
……どう『スゴイ』のか知りたくもない。
「ペーターさんを陥落させて、今はトカゲさんを誘惑中?
本当にスゴイんだな。『………』は」
「エース!」
『………』の部分は口パク。でも『余所者』と言いたいことはすぐに分かる。
で、グレイは相変わらず怒っている。
「何度言わせるんだ、騎士!すぐにここから出て行け!
女に八つ当たりなど最低の行為だぞ!」
「違う違う。八つ当たりじゃないぜ。俺は彼女に貢ぐ誠実な恋人になる!」
「はあ……」
どの口が言うんだか。
けど、このままじゃラチが明かない。
私は頭をかきガスコンロに向かい、厨房の戸棚や冷蔵庫から材料を拝借した。
材料代は後でお支払いしますので……。
そして今作ったばかりのココアパウダーをちょっと小鍋に入れ、ポットに入っていた
熱湯を少々加え、火にかけた。

グレイとエースはまだ言い争っているけど、だんだん声が小さくなる。
ちょくちょくこっちを見るし、やはり小鍋の匂いに気を取られているらしい。
私は泡立て器で中をかきまぜながら、グラニュー糖や牛乳を加える。
よくかき混ぜ、沸騰したら生クリームを加え、完全に混ざるまでかき混ぜる。
仕上げにバニラエッセンスを加え、香りが飛ばないうちに火を止める。
「ふむ」
茶こしをカップに当て、出来たてのココアをとくとくとカップに注ぎ、はい、完成。

「ココアが出来ましたよ。ケンカは止めてください」
エプロンをはたいてそう言うと、男性二人はピタッと止まった。

…………

私は作業をしながら、二人の様子をうかがった。
妙な光景だった。厨房の椅子にグレイとエースが座り、一緒にココアを飲んでいる。
「美味い。本当に、美味いよ。こんな美味しいココアを飲んだのは初めてだ。
ナノ。君は、以前にこういう仕事をしていたのか?」
グレイはエースのことを忘れたように、大げさに絶賛してくれた。
私は肩をすくめ、返答しない。そしてカカオニブをつぶす作業に戻る。
「ずっと君を見ていたが、素人の手つきでは無かった。塔に入ってきた君の情報の中
には、デマかと思うような話もあった。もしかして、あれらは全て真実なのか?」
紅茶を作ったことかな。ペーターをだましたことかな。
それほどの実力じゃないと思うから、噂に尾ひれがついてるんだろうな。
あと、もう紅茶も珈琲も淹れないから、関係ないや。
「ココアの作り方はどこで覚えたんだ?」
「…………」
私は返事をしない。そして出来たてのココアパウダーに砂糖や粉状のクリームを加え、
適当な缶につめる。最後に乾燥剤や酸化防止剤を放り込むと、しっかりフタを閉めた。
そしてそれをエースに放り投げる。
「おっと。ナノ、何々?恋人にプレゼント?」
缶をキャッチした騎士に冷たく、
「私に貢ぐんでしょう?買って下さい。砂糖や粉末クリームを入れたから、旅先で
お湯を入れるだけでココアが出来ます」
するとエースは笑ってうなずき、
「うんうん、甘い物は遭難したとき、重宝するからなあ。喜んで買うよ。いくら?」
私は値段を告げ、エースはお金を出す。
お金の受け渡しのとき、手を撫で回され、ムカッと……。

「っ!!」
油断した。手首をつかまれ、騎士に唇を重ねられる。
「騎士っ!」
グレイの怒声が飛ぶ。
けれどエースは無視して私の唇をなめ、離れた。
「君は甘いな、ナノ」
ココアですか?私の心ですか?
エースは立ち上がるグレイを無視し、
「ナノ。塔じゃ持てあまされてるんだって?ちょうど会ったのも運命だ。
ペーターさんも今は君の味方だし城で俺と暮らそうぜ!」
うーむ。騎士様とお城で暮らす。女の子の夢ですなあ。
あとペーターの一目惚れは『当人だけが気づいていない』パターンに発展しつつあるようだ。

「遠慮しますよ。飲み物を淹れるのはこれで最後です。
もうココアも紅茶も、珈琲も淹れません。お役には立ちませんよ」
グレイの攻撃をヒラリとかわし、エースは離れた。
「俺は君の飲み物の腕なんてどうでもいいんだけどなあ。
今ちょっとおかしくなってる三月ウサギも、きっとそうだと思うぜ?」
グレイがいるせいだろうか。エースはそれ以上、強引なことはせず、ココア缶を
大事にしまい、姿を消した。

4/5
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -