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■ココアを作るよ!・中

「グ、グレイ……おはようございます」
ナイトメアの執務室に入った私は、恐る恐るグレイを見た。
職員に混じって書類を用意していた彼は私に気づき、
「おはよう、ナノ。今回はもう少し頑張ってくれよ。
統計書類はやめにしよう。会合用の資料製作を手伝ってほしい」
「はいです……」
上目づかいにグレイを見るけど、私へのまなざしに不快感は見られない。
――あ、謝った方がいいんですかね。
この間の夜の時間帯。よく分からないけど、私を心配してくれたグレイをシカトして
作業をしていた。私なら無視されれば悲しいし、グレイなら怒るかもしれない。
「え、ええとあの、グレ…」
どう声をかけたものか、もじもじしていると、
「ほらボサッと突っ立ってないで仕事にかかりなさい。
分からない事があれば、まず俺に聞くこと。いいな」
「はい……」
私はしおしおとデスクに向かう。
ナイトメアは目で私に『がんばれ』と言っただけ。
グレイはあちこち走り回り、自分の仕事もテキパキこなし、職員にゲキを飛ばす。
会合が近いらしい。みんな忙しいのだ。
私はあきらめて、資料製作の手伝いに入った。

その後……作業時間は人の三倍かかり、グレイのため息を深くした。

…………

そしてまた夜の時間帯。
「うおおおおおぉぉりゃああああぁぁあっ!!」
え?格闘ゲームじゃありませんよ。製作の平和な一シーンです。
私は絶叫しつつ、この前作ったカカオニブを、すりこぎを使い高速で砕いていく。
カカオニブをカカオマスにする大事な作業だ。
ああもう、プロセッサー欲しいなあ。文明世界が懐かしい。しくしく。
ちなみにカカオ豆は大量すぎて、オーブンではローストが続いている。
あの豆も、全部手作業でハンドピックし、カカオニブを取らねばならない。
おっと、豆がグズグズになり、油が染み出してきた。
もう豆ではなく『褐色でドロドロした何か』だ。
それと、ここらへんまで来るとカカオ臭が出てくるようになる。窓を開けないと。
一度すりこぎを置き、窓の方へ行こうとし、
「え……?」
厨房の中に人影があることに気づいた。
「グ、グレイ!?い、いいいいつから!?」
近くのコンロでグレイが調理をしていた。全く気づかなかった。
カカオのアロマテラピーな香りが、グレイの×××料理の刺激臭から、私を守って
くれたに相違あるまい。
「俺は、ナイトメア様が急に体調を崩されて、薬膳料理をな……」
いや、主の体調を優先するなら、あなたは何もしない方がよろしいかと。
ていうか、さっきからいたと言うことは、私の絶叫とか聞かれてましたか。
そりゃ、怖くて声をかけられませんね。
「ええと、グレイ。お邪魔でしたら、私、ここを片づけますので」
本気でそう言うと、グレイは慌てたように、
「いや、いい。そっちは使わないし、君の作業を邪魔するつもりはない」
「そうですか。ありがとうございます」
ちょっと頭を下げ、再び作業に戻る。
……ああ言われたけど、グレイがこちらの気配をうかがっている気がするのは、気の
せいだろうか。ときどき、チラチラとこっちを見ている気がする。
私が目をやると、バッとそらされるんだけど。
あ、オーブンのタイマーが鳴った。またカカオ豆を出さないと。

カカオニブをすりつぶし、疲れたらハンドピックや皮むき、その合間にロースト。
一万分の一時間帯も無駄にはしない。
厨房を高速で飛び回るうちにいつしかグレイの存在を忘れた。
ハッと顔を上げたとき、やっぱりグレイはいなくて。

猛烈な激臭を放つ、『自称薬膳料理』だけがテーブルに一皿残されていた……。

…………

「ナイトメア、お体が悪いんですか?昼間はあんなに元気に逃げ回っていたのに」
さいばしを高速で動かし、ハンドピックしながらグレイに言う。
ここのとこ、グレイが頻繁に薬膳料理を作りに出現する。
「ああ。仕事の間お元気なだけに、仕事後に不調が押し寄せるらしい」
「ふうん……」
『最近は体調がいいんだ!薬なんか必要ない!』と笑ってた気もするけど、やせ我慢
だったんだ。まあ会合間近だし、仕事をするのなら誰も文句は言わない。
グレイは、仕事の後もご苦労なことだ。
……それはそれとして、去り際に私のために薬膳料理を一皿残すのは止めていただけ
ませんでしょうか。次の仕事のときに感想を求められて、すごく困ってます。

…………
私は最後の不良豆をさいばしで取り除き、ハンドピックを終了する。
カカオ豆のローストももちろん終わった。
エプロンをはたき、すりこぎに向かう。カカオ豆はおおむねカカオマスになった。
もちろんアルカリ塩も入れ、酸味と渋みが薄まるようにしてある。
でもこれだけやってまだ、脂肪分が強すぎて、飲料には不向きだ。
より細かくカカオマスを砕き、圧搾して脂肪分をひねり出す必要がある。

「よし……」
調理場にプレス機があって助かった。
その中にカカオマスを入れ、ギュッギュと圧搾する。うう、力がいるなあ。
汗を流してプレス機を、動かし、排出口からドロッとした脂肪分が出るのを見る。
きつすぎるカカオの香り、グレイの料理の刺激臭、剣と剣がかわされる騒音。

――え……?

自分の思考に違和感を抱き、プレス機から顔を上げ、汗をぬぐう。

「いや、だからさ、トカゲさん。俺は鍛錬に来たんじゃ無いんだよ。
厨房をのぞいたらナノがいたから……」
「彼女は作業中だ!邪魔をするなっ!!」

……えーと……。
私は再びプレス機に向き直り、カカオマスの圧搾を再開する。
他にすることは何もない。ないったらない!

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