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■ナイトメア二号

扉を開けると、退屈そうに座っていたナイトメアが、パッと笑顔になった。
「ナノ!」
「ナイトメア、お久しぶりです!」
私は書類を抱え、笑顔でナイトメアの執務室に入った。

……つい先ごろ、ペーター=ホワイトが私をスカウトだか誘拐だかしに来て、その
流れで私への疑いが解けた。
というわけで、晴れて私は執務室への出入りがOKになったのだ。

「君と会って話が出来るなんて嬉しいよ。君はあまり夢を見ない子だからな」
久しぶりに見るナイトメアはやはり顔色が悪く、今にも倒れそうだ。
私の思考を読み取ったのか、ナイトメアはなぜか偉そうにふんぞり返り、
「そうだろう、そうだろう。だから私の体調を優先して、仕事は休みに……」
私はかたわらの上司を見上げる。
「グレイ。倒れても椅子から転げ落ちないよう、荒縄でふん縛っておきますか?」
「そうだな。逃亡防止にもなるから一石二鳥だ」
グレイも大量の書類を抱え、うなずいた。
「そ、そんな一石二鳥があるか!」
ナイトメアはわめいてる。これだけの元気があれば、当分は大丈夫ですね。
私は持参した書類を机の一つに置き、グレイを見た。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
私を一人前の職員に育てる、と決意したらしいグレイは、
「とりあえず簡単なデータ整理から始めよう。
この執務室なら、俺も仕事をしながら君の進行具合を見てやれるからな」
「はいです!」
手渡された書類には何かの統計らしい数値が、いくつもの項目にわたり記されている。
「この統計は次回の会合に使う書類だ。まず項目ごとの合計値と平均値を……」
グレイはデータ整理のやり方を教えてくれた。かなり簡単に思われた。
「とりあえず、時間帯が変わるまでを目標にしよう。では頼んだぞ」
「はい!」
私は指定された職員用のデスクに座り、張り切ってペンを取る。
グレイは微笑んでうなずき、私に背を向け自分の仕事を開始した。
職員さんもそれぞれの業務につき、ナイトメアもブツブツ言いながら書類に戻る。
クローバーの塔の執務室には、活気があふれていた。


一時間帯後。
「ナイトメア様!半分も進んでないじゃありませんか!もう少し仕事に集中なさって
下さい!ナノ、君は次の書類を進め……え?君も半分も終わってない!?
あ、あんな簡単な書類で!?……い、いや、いいんだ。人にはペースがある」

二時間帯後。
「ナイトメア様!ダメです!そこは……ああもう、書類の真上に吐血して!
ナノ!君は計算があちこち間違ってる。これでは全然合わないじゃないか。
くそ、二人とも最初からやり直しだ……!」

三時間帯後。
「ナイトメア様!泣いても無駄です!泣くヒマがあるのなら、速く書類を仕上げて
下さい!!ナノ?な、泣くな!落ち着いてやれば出来る!遅れてもいいから!」


×時間帯後。
「ナイトメア様!頑張ってください!あなたはやれば出来る子です!
ナノ、頑張れ!君はやれば出来る子なんだ!」

……ナイトメア二号ですか、私は。

…………

「疲れたな……」
「疲れましたね……」
私とナイトメアはどうにか休憩時間を迎え、げっそりして談話室に入った。
適当な椅子に座り、二人して『この世の終わり』という顔でうなだれる。
結局、私たち二人は、与えられた仕事の半分も終わらせられなかった。
「グレイの奴。イビることに快感を覚える趣味でもあるのか。ストレスで吐く……」
ナイトメアはテーブルに突っ伏した。
「吐きすぎて吐く物も残ってないでしょうが」
どれだけ仕事が嫌いなんだか。
とはいえ、私はナイトメアを責められない。
彼は仕事が嫌なだけで、本気を出せばサクサク進む人だ。
対して、がんばっていた私は……聞かないで下さい。
『はああ……』
二人してドヨンと落ち込む。
「うう、ナイトメア。私、仕事に戻りたくないです……」
「ナノ、このまま二人で遠くに逃げるか?」
ナイトメアがそっと私の手を取る。女の私より白い、白磁の肌だ。
でも今は、この世界のどんな男性より力強く思える。
「ナイトメア。その言葉を待っていました」
私は両手でその手を握り返す。
「二人で行くか……」
「そして永遠に夢の世界で暮らしましょう……」
私たちは手を取り合って見つめ合い、そっと顔を……。

「何、バカな会話を交わしているんですか」

グレイの声が割って入った。
私たち二人のテーブルの前に立ち、両手を腰にあて呆れている。
「あはは。何か……こう、ノリ的に。いえ、いらしてたのは気づいてましたが」
「ツッコミが遅いぞ、グレイ。私たちが夢の国に逃げても良かったのか?」
グレイはアホ会話につきあうつもりはないのか、
「二人して妙な同盟を組むのは勝手ですが、切磋琢磨(せっさたくま)するでもなく
余計にダメな方向に行ってどうするんですか!」
「だ、だ、ダメだと!?上司に向かって暴言だぞ、グレイ!」
「ひどいですよ。ナイトメアだけダメならともかく、私まで!」
「ダメをダメと言って何が悪いんです!だいたい二人とも会合が近いのに……」
ぎゃあぎゃあわめく私たち二人と、ガミガミ叱るグレイ。
何だか談話室の注目の的だった。

……カカオ豆が届いたのは、そんな騒がしいやりとりの最中だった。

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