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■教官グレイ

白ウサギの銃撃は続く。
配膳台の陰でグレイと一緒に座り、私は言った。
「グレイ。私、ハートの城に行きますね」
「…………」

事情を多少説明したところで、私へのイメージが好転したとは思えない。
「内通者」から「浮気者」にランクが下がっただけだし。
グレイは私に疑いをかけていた。
漫画なんかではこんなとき『疑ってすまなかった』というシーンになるはずだけど、
今回、疑いを後押ししたのは私の方ですしねえ……。

「ハートの城なら、私でもお役に立てることがありそうですから」
私はグレイに微笑む。
帽子屋屋敷には戻れない。かといって、塔では完全にお荷物だ。
前の不思議の国とは、別の意味でグレイに迷惑をかけている。
――余所者と知られずに、一人でひっそりと生きていたかったんですが……。

仕方ない。恨むなら自分を恨むしかない。
私が人並みに仕事が出来ていたら。私は役持ちに知られることなく、どこかの店で
今もいきいきと働いていただろう。

「嘘をついたり、ご迷惑をおかけしたりして、すみませんでした。
今まで、本当にありがとうございます。ではこれで……」
座りながら頭を下げ、両手を上げて配膳台から出ようとし……

「行くな!」
「へ?」

グレイが私の手首をしっかりとつかんでいた。

私は一瞬だけ呆けてから我に返る。
「そ、そうですね。今、出たらうっかり撃たれかねないですよね。
銃弾が収まるのを待ってからペーターに呼びかけることにします」
けれどグレイは聞いてないのか、続けた。

「君はもう、クローバーの塔の一員だ。ナイトメア様がそれを認めているんだ!」
グレイが私の目を見すえ、言った。

「……え……」
私はさらに呆け、まじまじとグレイを見る。
別に余所者効果が発動しているワケではなさそう。グレイは大真面目だ。
私は首を傾げつつ、
「えーと、私はまともな仕事をしてませんし、嘘をついてでも、ここに居座ろうと
していましたし、それにエリオットやエースと……」
嘘つきに加え、表面だけ見れば二股かけている尻軽女。
悲しいかな。人は古今東西、女の浮気にめっぽう厳しい。
普通なら愛想が完全に尽きている。そのはずだ。

「何度も言わせるな。ナイトメア様が君を許可したんだ。
そして俺は、君が慣れるまでの間、面倒を見ることを引き受けた。
君はもうクローバーの塔の人間だ。自分でそう選択したんだろう?」
「グ、グレイ……」
さっきまで私を嫌っていた人に言われ、嬉しいというよりは戸惑う。
グレイは、ナイトメアを叱るときのように厳しい声で言った。
「俺は君の過去にも、君の異性関係にも全く興味がない」
「え?」
「俺が興味を持っているのは、君が『今』しようとしている愚かな間違いだ。君は
ナイトメア様の期待と、俺の努力を裏切り、他の場所に逃げることを考えている。
そんな中途半端なことでは、ハートの城でも続かない。断言する」
……マズイ。お説教モードに入られた。

銃弾の嵐の中、グレイはガミガミと、正座する私を叱る。
「君はなぜ、すぐ投げ出すんだ。もう少し頑張ってみようとか思わないのか?
最初からダメだと思えば、どんなことも上手く行かないものだ。君が勤め始めてから
見てきたが、すぐ混乱するしムラがありすぎる。仕事の優先順位を理解せず……」
先生。授業中なんでもう終わらせて下さい!クラスの皆の前でマジ泣きしそうです!
「それに君は城に行くのは気が進まない。そうなんだろう?」
「え?ええ、まあ」
ちょっと我に返る。
私は衰弱死しかけたときも、城に行こうとは思わなかった。
グレイはそれを聞くと立ち上がった。
「グレイ、危ないですよ!」
たちまちグレイを襲う白ウサギの銃弾。
けれど、ナイフの一閃でそれらを弾く。
耳に痛すぎる甲高い音。しかし彼は私に言った。
「俺は君にあらぬ誤解をし、大人げない振る舞いをしてしまった。
……本当にすまなかった」
「え?ええ?」
謝るのは私の方だ。何で彼が謝るんだろう。

「だから俺はもう君を色眼鏡で見たりはしない」
「え?あ、どうも」
「ちゃんと面倒を見て、この塔の一員に育ててやる。
だから城に行くのは止めて、もう少しここで頑張ってみろ!」

……銃弾をナイフで弾きながら激励してますよ、この人。
しかし、こういうノリでやられたなら、こちらも答えた方がいいのかな。
迎えに来てくれたペーターには悪いけど、城に行くことは想定外だし。
「分かりました、教官!どこまでもついていきます!」
「ああ、しっかり食らいついてこい!」
……意外とノリがいいですよね。グレイって。
そして、このやりとりを、白いウサギさんはしっかり聞いていた。
「ナノ!何度僕をコケにすれば気が済むんですか、この愚鈍な顔なし娘が!」
案の定、ペーターは激怒して、配膳台に隠れたこちらを撃とうとしてくる。
「あ、前言撤回しちゃって、本当にすみません、ペー……うわ!」
頭を出そうとしたら、頭上を撃たれた。本当に私を好きなのかな、ペーター。
というか、もうお弁当は全滅ですね。
……被害の少ないやつ、もらってもいいかなあ。
「塔の人間への侮辱は許さない!」
グレイは鋭く叫ぶ。
「それに今は会合の期間ではない。部外者は出ていってもらおう!」
声に怒気をにじませたグレイが攻勢に転じる。
身を低くしてペーターに斬りかかった。
「く……っ!」
ペーターはギリギリでナイフをかわす。
本来なら銃が有利なはずだけど、さっきまでの連発で彼は多少なりとも体力が削がれ
ている。そしてグレイが素早すぎて狙いが定まらないようだ。
「この、雑菌まみれの爬虫類が!」
赤い目をより赤くし、銃弾を至近距離から浴びせるけど、トカゲは軽々とかわす。
逆に、エースを圧するだけの実力あって、徐々にペーターを追いつめていった。
「グレイー!がんばってくださいー……もぐもぐ」
私はその壮絶な攻防に、配膳台の弁当を食いながら声援を送った。
グレイはペーターに最後の一撃を叩きつけながら、
「ナノ。口の中に物を入れたまましゃべるな!
それと、その弁当代は給料から天引きするからな!」
えー、補佐官殿のケチ。

そしてペーターの銃が弾き飛ばされ、勝負は決した。

……というわけで、以上。
ペーターと微妙すぎるつながりができ、グレイとは関係がやや改善。
私は内通者から浮気者(+逃避傾向)に嫌なクラスチェンジ。
そして塔への本格的な滞在が決定された経緯でした。

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