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■嘘つきの防衛本能

グレイは怒っている。
弁当も来ない、煙草も来ないと、しびれを切らし迎えに来たのか。
私は高速で何度も頭を下げ、
「す、すみません、グレイ!今すぐにお弁当を……」
宰相閣下に何度か撃たれ……いくつかはグチャグチャになっております。
えーと、こういうときって、厨房さんに追加のお弁当を取りに行っていいのかな。
グレイに問おうとすると、
「白ウサギか。塔に何の用だ。ナイトメア様なら執務室にいらっしゃるが」
別領土の役持ちがいることを、見とがめたようだ。

「夢魔に用事はありません。僕の目的はこの娘です」
ペーターは嫌そうに吐き捨てた。
そしてグレイの返事を待たず、私に言う。
「行きますよ。ナノ」
「おい、どこに行くんだ。それに白ウサギが顔なしの少女に何の用事だ」
状況がつかめないのか、声を低くしグレイが言う。
「彼女はこれからハートの城で、陛下の紅茶係を務めてもらいます」
「……は?」
グレイは端正な顔を崩し、ポカンと口を開ける。
そういえば私が紅茶を淹れられるってことは全く知らなかったんだっけ。
「女王の紅茶係……気は確かか?」
「あなたよりは確かですよ。さあ、さっさと来なさい」
後半は私に向けて言う。
「え、ええと……その……」
でも私は困ってしまった。
さっきは命が危なかったから『従う』と口約束してしまった。
けど、本気で滞在地を変えるつもりはない。
というか、あそこはエースの領土だ。それはちょっと嫌。
「す、すすすみません、ペーター!今さらではありますが、私だけの判断では……。
ナイトメアに一応、許可をいただいてからですね……」
あいまいなスマイルを浮かべ、じりじりとグレイの方へ後じさる。
が、グレイの方からは別の冷気がただよっている。
「待てナノ、まさか君はハートの城に、塔の情報を流そうとしているのか?」
グレイの声に、一気に物騒なものが混じる。
あ、そうか。エースのときみたいに内通の現場を発見したと思ってるんだ。
「違います!違いますよ、グレイ!」
あわててグレイを振り向くと、今にもナイフを抜きそうな顔だった。
「何が違う。君は騎士とも通じていたんだろう?そうやって城とつながりを……」
「グレイ、本当に違うんです!!」
ああ、もう。グレイの疑念がこんなところで噴出した。
それどころじゃないのに。

けど、他ならないペーターが言った。

「何を言ってるんですか。頭の悪いトカゲですね。
ハートの城が、そんな愚鈍な顔なしの娘から情報を得るわけがないでしょう?」

予定が遅れ、苛ついているのか、これ以上にない冷ややかな声だった。
「何だと?」
けれどグレイはペーターの言葉に反応した。ペーターはとてもとても不愉快そうに、
「多少は調べ、エース君からも聞きました。この娘がエース君という詐欺師のような
男と何やら関係があったことは事実のようです」
「騎士と……」
「ですが別に城は、その娘から情報を受け取っていたわけではない。
第一ハートの城の情報網は、クローバーの塔より、もっと高度で洗練されている。
そんな愚鈍な娘にすがってまで、欲しい情報などありませんよ」
ペーターに私を弁護する意図はないはず。純粋に事実を言っているだけだろう。
だけど……あー、グレイがちょっと混乱してるっぽい。
何だかややこしくなってきました。
まあ塔は中立地帯だから、城や帽子屋屋敷ほど情報収集はしてませんよね。

「ナノ、どういうことだ。
君は騎士と通じているのがバレて追われていると言っただろう」
「いえ、その通じている、といっても……それはその、痴情のもつれという奴で」
情報を流していると、具体的に言った覚えはない。
グレイは偏見から勝手に誤解しただけだ。
「……君が?ハートの騎士と関係を?」
まじまじと見られる。ま、まあ前の不思議の国のときから『そうはとても見えない』
と言われまくってます。
で、ペーターはイライラしている。今にも時計を銃に変えそうだ。
「いいから行きますよ!」
「ちょっと待て。話は終わっていない!なら捕まったら惨殺されるというのは……」
「うわっ!」
最後の悲鳴は私だ。白ウサギがキレた。すごい音がした。
ペーターが銃でこちらを撃ってきた。私、未来の紅茶係なのに……。
しかしグレイはアッサリとナイフで銃弾を弾く。
そして返答を求めるように私を見た。
で、私も銃弾の中でニッコリと、

「ああ。あれ、ただの冗談です!」
「…………」

……あのとき、帽子屋屋敷に戻らないためなら、どんな嘘でもついたし。
帰る場所がないと説き伏せて、塔に置いてもらったのだ。

近距離での銃乱射は続いている。銃撃戦を恐れてか、人は誰も来ない。
グレイはペーターの銃弾を私と一緒にかわし、ときには私をかばいながら聞く。
「つまり、帽子屋屋敷は、特に嘘を言っているわけではなかったというのか?
君みたいな……その、普通の子が、本当に三月ウサギの女で、騎士とも関係があり、
男女関係のもめ事で屋敷を飛び出してきて、マフィアに追われていると……」
さっすがグレイ。状況の整理が早い!
というか、その推理は正確には違う。
最近エースと会ってないし、実際には紅茶がらみで出て来た。
まあ、言うだけややこしいことにしかならないので、賢い私は黙っている。

「君は裏切り者でも何でもなかったということか?俺が勝手に思い込んでいただけで」
ずっと誤解していた、というか、させられたと気づき、グレイが呆然と言う。

「まあ、そこまで頭が良くないですし……」
「確かにそれもそうだ。だがずっと俺に嘘をついていた」
ちょっと待て、あんた!!
「いや、俺が誤解していると知って、それを煽るような嘘をついた。
俺に冷遇されると分かっていて、なぜ……」
グレイの声には激しい困惑の色がある。
彼は私を誤解していた。けど私の方も誤解を解くどころか、その誤解に乗っかった。
そのあたりが理解出来ないようだ。
私は銃弾を交わしつつグレイに頭を下げる。

「ごめんなさい。いろいろあって、嘘以外に身を守る方法がなかったんです」
「……っ!」
余所者として厚遇を受けるより、内通者とそしりを受けてでも顔なしでいたい。
この世界で、私は嘘をつきつづけている。
あと単に説明が面倒だった、という本音は黙っておこう……。

「さっさとその娘をよこし、時計を止めなさい!」
あと、ペーターが未だにグレイ(と私)を撃ってるんですが、こっちはどうしよう。

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