続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■白ウサギの乱心・中

「出て来なさい。雑菌まみれの顔なしの娘。
でなければ、その雑菌まみれの食物ごと、おまえを撃ち砕きますよ」

その声は、白ウサギことペーター=ホワイト。ハートの城の宰相様。

以前、ハートの城で私にだまされ、部下の面前で私を通すという失態をやらかした。
その後は聞かないけど、私を探していたらしいから、やっぱり怒っていたのか。
「で、出て行ってハチの巣になるのなら同じことですよ!!」
配膳台の陰で、声を震わせながら必死で言った。
「出て行かなくともハチの巣にしてあげますよ。楽に止まるか、急所をワザと外され
地面をのたうち回り、無様な姿をさらすか。どちらにしましょうかね」
……ペーターの声が嬉しそうにも聞こえますが。やっぱりS属性あったのかな。
「これが最後です。顔なしの娘。今ここで出てきて、わずかな猶予を得るか、そこで
子ウサギのようにブルブル震え、今すぐに時計を止めるか!」
先か後か、か。ペーターは冗談を言うキャラじゃない。
少しでも時間を稼がないと。
私は本当にビクビクしながら立ち上がった。
ペーターは私に銃をつきつけていた。
「こちらに」
近づくように言う。
私はガチガチ震えながら、配膳台を回り、ペーターの前に立つ。
銃口の真ん前に。

ペーターは舌打ちし、嫌そうに言った。
「……見るからに愚鈍ですね。その怯えきった挙動、下を向いた卑屈な視線。
歩き方は亀のようにみっともなく、言動に理知的なものを何一つ感じない。
愚鈍だ。顔なし以下の顔なしと言っていい。人並みと言える箇所がない」
う、うるさい!いい加減にしないと泣きますよ!
そしてさらにペーターは忌々しそうに言う。

「そんなおまえが……なぜ……」
ん?
ペーターは少し沈黙し、言葉を続ける。
「なぜ……メイドをうならせる紅茶を淹れたというんだ」

え?すぐ撃つようなことを言ってたのに。
もしかしてBADENDフラグ、折れました?

…………
ペーターは天気のことでも話すように、つまらなさそうに説明してくれた。
「今、ハートの城には紅茶を淹れられるメイドがほとんどいません」
「はあ、そうですか」
私は両手を意味もなくいじり、冷や汗をかきかき答える。
「あのヒスババ……女王陛下が紅茶係のメイドをことごとく処刑され、今、ハートの
城にはまともな紅茶係がほとんど残っていない。女王陛下は、ご自分で処刑を命令
しておいて大変に不機嫌です。紅茶がマズイと処刑される顔なしが増えるばかりだ」
「…………」
私の紅茶を審査してくれたメイドさんたちは、もういないんだ。
そう思うと、何とも言えない重苦しい感情がこみあげる。
「あんまり処刑が多くて、僕の仕事が過重になり、迷惑千万です。
陛下を喜ばせるのはシャクですが、紅茶係を早急に補充しなければいけない」
「…………」
「だが腕のある淹れ手は街にはほとんどいない。
いたとしても、帽子屋屋敷が引き抜いている」
そして銃口を変わらずに私に向けたまま、
「そこで僕をだました、おまえを思い出したわけです。
あのとき薔薇の庭園で……僕の前で背筋を正し、紅茶を淹れたおまえを」
ペーターは冷酷な赤い瞳で、震える私を上から下までじっと眺めた。

「愚鈍そうな雑菌まみれの小娘だが、多少の作法は教えてあげましょう。
そうすれば少しは『長持ち』して、僕の仕事も楽になるはずだ。
せいぜい陛下のために紅茶を淹れ、ご機嫌取りにつとめることですね」
そしてペーターはようやく銃を下ろしてくれた。
私はホッとして力を抜く。お恥ずかしいけど、もう少しで失禁するとこでした。
――しかし……。
私は首をかしげる。

何だか、さっきから違和感がある。

ペーターはガチャリと鎖を鳴らし、懐中時計を肩にかけた。
「顔なしの娘、ついてきなさい。これからハートの城に行きます。
僕が礼儀作法と教養を教えるから、その後、女王の御前に行って下さい」
「…………」
また、違和感を抱く。何なんだろう。
この『何かが間違ってる』感は。
「ええと、その……ペー……ホワイト卿。
お引き立ては非常にありがたいのですが、私はハートの城には……」
……っ!耳元を銃弾がかすめた。
いったいいつ、懐中時計を銃に変えたんですか……!
そしてどこまでも非情の赤が私を見下ろす。
「反抗は許しません。顔なしは顔なしらしく、這いつくばって従っていればいい」
「ホワイト卿。私はもう、紅茶を淹れるのは止めたんです!」
「……顔なしの娘。二度は言いません。僕とハートの城に来なさい。
この僕が、わざわざ迎えに来てやったんです。手ぶらでは帰れません」
額にはひんやりとした銃口。
……が、私は内心で首をひねる。

まただ。違和感がどんどん強くなる。

3/6
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -