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■白ウサギの乱心・上

「じゃあ、また話し相手になって下さいね、ナイトメア」
私は目覚めにそなえ、夢魔にお別れのあいさつをする。
すると夢魔は今までのミステリアスな顔をおさめ、言いにくそうに口を開いた。

「……君な、廊下で花瓶をふいてる最中に、居眠りしているんだ」
「え……!?」
「で、今、花瓶にもたれてウトウトしている君の後ろ姿に、グレイが気づいて」
「な……っ!」
そのとき、夢の空間の天井から声がした。

『おい!どこで寝ているんだ!その花瓶は由緒ある骨董品で……っ』

あ、いきなり声をかけるから!足がしびれて、よろめいて……!

…………

「…………えーと」
私の目の前には、粉々になった花瓶。

倒れたバケツ。床の上に、すっころんでる自分。
顔に手を当てて、頭痛をこらえている様子のグレイ。
時間帯が経てば花瓶は元に戻るけど、だから壊していいというわけではない。
滑った拍子にバケツを蹴飛ばし、汚水が高価な絨毯の端っこまでこぼれてしまった。

「あ、足がしびれちゃって。あは、あは、あはははっ!」
絨毯に手をついて起き上がり、エース風にさわやかに笑ってみました。
「…………」
グレイの瞳の温度は、もう氷点下294度くらいになっております。
「掃除はもういい。一緒に来なさい」
「はいです……」

かくして、お掃除係もクビになった私でありました。

…………

「うう、グレイ、前が……」
私は大量の書類を抱え、よろめきつつグレイの後を追う。
でもグレイは振り向いてくれない。
私は書類でパンパンになったカバンを両肩に提げ、肩と背中が痛い。
さらに、視界が危うくなるほどの書類の山を持たされている。
ナイトメアがサボった分の量らしい。重さだけで逝けそうだ。
「これくらいで弱音を吐くな。執務室の前で、別の部下に交代するから」
「は、はい……」
もう荷物持ちくらいしかやることがない。ついていくしかない。
「その後、俺が出てくるまでに××人分の弁当と缶コーヒーを執務室前まで運び、
対ナイトメア様用トラップを設置し、煙草を1カートン買ってきてくれ」
「グ、グレイ……1カートンはさすがにちょっと……」
他にもツッコミどころがある気がしたけど、とりあえず煙草に突っ込んでおく。
ストレスが増しているとはいえ、ヘビースモーカーに磨きがかかってませんか?
な、ないですよね!?不思議の国に肺●なんて現実的なモノ!
「ああ、そうだな。間違えた……2カートンだ」
……違うって。あなたに今さらボケキャラは求めてない。
そうこうしている間に、執務室の前まで来た。
「ご苦労さん」
「どうもです……」
駆けよってきた職員さんが重い書類を持ってくれ、私はやっと力を抜けた。
「一時間帯たつまでには出てくる。では、頼んだぞ」
「あ、はい……」
しかし、一時間帯以内に弁当と缶コーヒーの配達。
それに加え、トラップの設置と煙草2カートン!?
要求されてるパシリレベル高くないですか!?
しかし、グレイは職員さんを伴い、私の目の前で無残に扉を閉める。
「ううう……」
中で缶づめにされてるだろうナイトメアは、助けに来てくれない。
「頑張りませんと……」
助手も清掃係もパシリもダメなら、冗談抜きに放り出される。
私は弁当と缶コーヒーを取りに、廊下を駆け出した。

…………

「は、配膳台をお借り出来て助かりました……」
ガラガラと、デカい配膳台に××人分の弁当と缶コーヒーを乗せ、私は執務室に
急いでいた。重い、重い。急ぎすぎて、階段から落としませんように!
「そうだ。煙草も帰り道で買えばいいじゃないですか」
そうすれば、いちいち往復しなくていい。あとはトラップ設置だけで終わる。
何となく任務遂行のメドが立ってきた気がして、私はホッとする。
……とはいえグレイは仕事が速い。いつ執務室から出てくるか。
「ええと、購買店は遠いなあ……。あ、しまった。煙草を先に買えば良かった」
重い配膳台を押しながら、ひとけのない廊下で、要領の悪い自分を嘆く。
その耳元を銃弾がかすめた。

「……て、えっ!?」

『銃弾がかすめた』!?
い、いえ、この覚えのある空気と匂いは確かに……。
「!!」
我に返った私は、反射的に身をかがめ、配膳台の陰に隠れた。
フ。いくら私だって、最近は修羅場慣れしてるんですよ!
けれど、そんな私を嘲るように、静かな声がした。

「遅いですよ。おまえが隠れる前に、僕は××回は撃っている」

「…………」
私は配膳台を背に凍りつく。
何で……何だって、こんなところに。
しかも私が塔を放り出されるかって瀬戸際に、この人が……。

「出て来なさい。雑菌まみれの顔なしの娘。
でなければ、その雑菌まみれの食物ごと、おまえを撃ち砕きますよ」

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