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■トカゲの新しい部下・上

グレイは、いかめしい扉の会議室から、部下を伴い出て来た。
その端正な顔が、私を見るなり、嫌そうな表情に変わる。
「また君か。今度はどこが分からないんだ?」
私は書類を抱えたまま、笑顔でシャッキリと答える。
「分からない箇所が分かりません!何をすればいいのか、さっぱり分かりません!」
「……はあ……」
グレイは深いため息をつき、そのまま私に背を向ける。
「グレイ!ため息をつくと幸せが逃げるんですよ!」
私はめげずにグレイを追いかける。
素っ気なくされても気にならない。
何と言っても、グレイは私を助け、私に働く場所を与えてくれた恩人だ。
「待ってください、グレイー!」
ニコニコと私は追いかける。背後からは職員さんたちの声がする。
「見ろよ。あの新人の子が、またグレイ様を追いかけてるぞ」
「絶対にストレスが倍増してるよな、グレイ様」
「アレな上司様に加えて、アレな部下まで増えたんだからなあ」
聞こえない、聞こえない!断じて聞こえない!
言葉の刃をぐさぐさと背中に受けながら、私はグレイの後を追いかけた。

…………

あのとき。夕暮れのクローバーの塔の談話室で、私はグレイに頼んだ。
行く場所がないので、どうか塔で雇ってほしいと。
案の定、グレイは渋い顔をした。

「申し訳ないが、人手は足りているし会合も近い。
君も知っての通り『会合』には、クローバーの塔の重大な威信がかかっている。
この大事な時期に、新しい人員の教育に人手を割く余裕は無い」
「…………」
ショックは受けない。彼の私への態度を考えたら、この返答は予想がついていた。
むしろ、脳内に吹き荒れるツッコミの嵐を押さえるのに、一苦労でありました。
――いえ、議長が『彼』だという時点で威信も何も……。
グレイは煙草の吸い殻を灰皿に押しつけ、もう一本を取る。うう、煙い……。
「俺には君を助ける義理も義務もない。状況は気の毒ではあるが、元はといえば、
君の自業自得だ。悪いが、自分で何とかしてくれ」
凍るようなひと言を吐き……また煙をフッと出す。
「と、言いたいところだが」
ん?
「俺には理解出来ないが、ナイトメア様がなぜか君を気に入っておられる」
おお!?
「それに、拷問されると分かっていて、若い娘をマフィアやハートの城の前に放り出す
ような真似は、さすがに俺もしたくはない」
やっぱりグレイ。根はいい人だ。
「そ、それじゃあ……!」
グレイは興奮気味な私を手で遮る。
「人手は足りていると言ったはずだ。君に担当させる部署はないし、君の教育のために
割ける部下もいない。だから、俺の下で助手のようなことをやってもらう。
新人だから執務室までは入れないがな」
うーむ。それらしい理由をつけているけど、要は自分が見張っていたいらしい。
同時に、入室制限された執務室はナイトメアの私室兼仕事場。
つまり夢魔と親交を深めるのも止めて欲しいと。
警戒されまくってますね。まあスパイ疑惑をかけられてるし、塔の機密を外部に持ち
出されたら困るっていう事情は、理解出来る。
「ありがとうございます、グレイ様!」
ペコリと頭を下げると、グレイはしかめ面をし、
「呼び方だが、『グレイ』でいい」
「え?何でですか?」
「君はナイトメア様は『ナイトメア』と呼び捨てにするんだろう?」
「敬称の省略について、ご領主の許可はいただいていますが……」
「だからだ。ナイトメア様は敬称抜きで俺には敬称をつける。
それは間接的な不敬罪にあたる。だから俺も呼び捨てにしてもらわないと困る」
…………大人の世界ってややこしいなあ。
「さいですか。グレイさ……グレイ」
まあ、こっちの方がしっくり来るからいいか。
そう言うと、グレイはうなずいた。
「言っておくが、俺は厳しいからな。使い物にならなければ、すぐに放り出す」
「はい、がんばります!」
私は元気に答えた。

……グレイが私を放り出したのは、それから数時間帯ばかり後でありました。

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