続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■夕日と爬虫類3 ――うう、すごくまぶしいですね。 光をまぶたに感じ、苦しくなる。 さっきから光が顔に当たっている。 まぶしい。目を閉じているのにまぶしい。 まぶしくて、目を開けられない。 ――まぶしいですね……まぶし……あれ? 突然、フッと光が消え、まぶしさが無くなった。 そこでやっと目を開けることが出来た。 まず病室の窓が見えた。窓の外は夕暮れだった。 「?」 私ことナノは、軽い違和感を抱いて腕を見る。 もう点滴は一本だけになっていた。 私はそっと腕を動かして、恐る恐るお腹に触れてみる。 傷は完全に治っていた。 それと身体も動く。 さすがに嬉しくて、何度も傷のあった場所にペタペタ触れる。 身じろぎしたせいで、布団がちょっと動いた。 「完治したか」 「っ!」 低めの声が聞こえ、私はギョッとする。 ずっと気がつかなかった。グレイ=リングマークが病室にいた。 「…………」 私は横になりながら、グレイを見る。 でも彼は私を見ていない。 窓辺に立ってカーテンを押さえ、その隙間から窓の外を見ていた。 そして気づいた。 ――ああ、彼がカーテンを閉めてくれたんですね。 さっき、やけにまぶしくて困った。 きっと私の顔に夕日が当たっていたのだろう。 グレイがカーテンを閉め、私に当たる光をさえぎってくれたのだ。 「…………」 涙がボロッとこぼれる。 カーテンを閉めてくれた。それだけなのに。 あれか。ドライアイですか。そこまで目が乾燥してましたか! 「…………」 どうしよう。ドライアイだかで涙が止まらない。耳の穴に入る!枕が濡れる! 「どうした」 不機嫌そうな声がして、ぼやけていた視界が明瞭になる。 グレイが涙をふいてくれたのだと気づいた。 私もちょっと落ち着いて、どうにか涙が止まった。 グレイはそのまま私の額に手を当てる。爬虫類ですねえ。手がひんやり。 それと手首にもちょっと触れられる。多分、脈だか血圧だかを見てるんだろう。 なぜか気持ち良くて目を閉じる。 「…………」 グレイが布団をかけ直してくれる感覚。 私はそのまま眠りそうになったけど、 「十二時間帯後から点滴を終え、経口摂取での食事を開始する。 その後リハビリに移り、体力が回復次第、退院だ」 ……現実的な内容が聞こえ、目を開ける。 グレイがベッドの横で、私を見下ろしていた。 カーテンからもれた光を受けるトカゲの補佐官。 その光が、彼の黄色のまなざしを金に染める。 彼もまた、夕暮れの似合う男性だと気づいた。 「…………っ」 私は、とりあえず感謝の意を伝えたいと口を開ける。 が、言葉が出ない。喉ががさがさにかれ、無理に出そうとしていたら、咳き込んだ。 「無理にしゃべらなくていい。君は、一時××××だったんだ」 ……恐ろしい単語をサラリと言われた。 そしてさらに現実に引き戻されることを言われた。 「どうすることが希望だ?帽子屋屋敷にはまだ君の情報を流していない。 向こうはなぜか、血まなこで君を探しているようだが」 「……っ!」 出来る限りの力で首を左右に振る。 するとグレイもうなずき、 「分かった。ナイトメア様の強いご意向もある。君のことは極秘としよう」 私はホッとして肩の力を抜く。 グレイ……よく分からないけど、私に優しくなった? が、グレイは去り際に、冷ややかな声で言った。 「大変だな。裏切り者は」 そういうわけで、また現実が戻って来たのでありました。 ………… そして×××時間帯後。 どうにか退院した私は、クローバーの塔にいた。 夕暮れの塔の談話室にて、私は直立し、グレイに深々と頭を下げる。 「ありがとうございました、グレイさん。あなたは命の恩人です」 ……何か最近、命の恩人が増えまくってますねえ。 でもグレイは素っ気ない。 「こちらは違法薬物の取り引き現場を探していただけだ。 ××状態だった君を見つけたのは、本当に幸運な偶然だ」 グレイは足を組んで煙草を吸い、こちらと目を合わせずに夕暮れを見ていた。 そのままこちらを見ずに聞いてくる。 「それで?命の恩人に帽子屋屋敷の内情くらいは話してもらえるのか?」 うう。さっそく司法取引ですか。 テーブルの上はグレイの灰皿だけ。こちらは水一杯、出してもらえない。 ………… 「ええと、向こうは何か聞こえの良い理由を流しているかもしれません。 でも実際は、私がエースと通じているのがバレたんです。 今は裏切り者として追われています。 捕まったら見せしめの意味でも凄惨な拷問を受け、惨殺されるでしょう」 こういう嘘八百だけはなぜかペラペラ出てくる。 グレイはというと、納得した、という風にうなずいた。 「だろうな。こちらには、三月ウサギが自分の女を捜している、という情報のみが 伝わっていた。だがマフィアは情報をなかなか漏らさない。それ以外の背景が一切 つかめないままだったが……まあ実際はそういうことだろうと、思ってはいた」 グレイは公正で尊敬出来る、とてもいい人だ。 でも現時点での私に対し『敵に通じている女』という偏見がある。 ……やむを得ないとは言え、私への偏見を助長してしまったなあ。 と、ちょっと自己嫌悪気味に逃避していると。 「それで、騎士に頼るのか?これもまた内情が定かではないが、ハートの城も君を 探しているという情報が入っている」 うーん。紅茶の腕を買われているのか。ペーターがだまされた復讐をしたいのか。 こればかりはちょっと微妙だ。つかまってみないと分からない。 ……ただし後者の場合、撃たれて即ゲームオーバーになりますが。 「ええと、止めておきます。その、二重スパイ状態だったので、あちらも私を拷問か 斬首の刑にかけると思いますので」 「…………」 ……マズイ。二重スパイが悪かった?グレイの目に軽蔑が入ってきました。 あ。何か見下される快感が背筋をゾクゾクと! 「それで、どうするんだ?あとは森しかないが、野宿生活をするのか?」 んな無茶な。カントリーライフは満喫したけどワイルドライフまではやりたくない。 もう帽子屋屋敷に戻れない、城もダメ、森はもっと無理。 となると残るのは……。 グレイも薄々気づいてはいるんだろう。こちらの答えを聞く前から嫌そうな顔だ。 「何でもします、どうか塔に置いて下さい。グレイ様」 ここの職員さんはグレイのことを『グレイ様』と呼ぶ。 なら私もそうすべきだろう。 そして深々と頭を下げるのであった。 3/5 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |