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■夕日と爬虫類2

不思議の国は銃弾飛び交う危険地帯だ。
けど、ありがたいことだって、いくつかある。
例えば、汚れは放っといてもキレイになる。
砂時計で時間帯が変わる。
そして……放っとけばケガが治る。

「だから、もう少し我慢していれば治るはずなんです」
暗くじめじめした路地裏で、私はギュッと包帯をしぼる。
「……っ!」
うう。痛みに気絶するかと思った。
――寝ていれば治ります。寝ていれば。
私ことナノは、段ボールの中で古毛布にくるまり、横になった。
路地裏。段ボール。古毛布。

……落ちるとこまで落ちてますよね。

でも女一人が安全に隠れられる場所を探すのに、それは苦労があった。
幾重にも曲がりくねった裏通りを、奥へ奥へと進み、どうにかこうにか安全な場所を
確保した。そこに、拾った段ボールと、これまた拾った古毛布を持ち込んだ。
そこで、ケガが治るまで大人しくしていることにした。
それだけで多大な体力を使ってしまったけど。

……しかたないじゃないですか。流れ弾が運悪く当たっちゃったんだもの。
肩がぶつかった程度で銃撃戦になるとは。
さすがは銃弾飛び交う世界。
そして私はとばっちりの流れ弾を受けた。
この世界では、撃たれたマヌケが悪い。
通行人や当事者、誰一人として私に目をとめやしない。
こちらも第二撃を受ける前に、離れるしかなかった。
路地裏でどうにか止血した後は、一歩歩いても気絶しそうな激痛の波だった。
で、そのまま動かずに傷の巻き戻りを待つことにした。
……なかなか治らない。

でもきっとあと少しだ!
待っていれば、早い段階で傷が全快してくれるのだ!
こうして、人目につかない場所で堪え忍んでいれば……堪え忍んでいれば……。

…………

あまりの寒さに目を開け、同時に痛みにうめく。
寒いのに汗びっしょりとはどういうことか。
いや、汗びっしょりだから寒いのか。
汗をいっぱいかいたから、服を取り替えたい。
水分が奪われたから、水をごくごくと飲みたい。
でも、どちらも不可能だ。服も水もない。痛すぎて、探しにもいけない。
夢を見ようにも見られない。夢を見られないくらいに眠りが浅い、逆に深い。

自分を笑おうと身体を動かし、また痛みに身体を折る。
「……う……っ」
額に汗がブワッと浮く。
傷口が痛い。包帯さえ変えられない。
ちょっと前までは、根性でどうにか動けた。
食料を探しに表通りに出たこともあったけど、結局、無駄にすごして帰ってきた。
そもそも何も持たずに飛び出したから、包帯を買うお金もございません。
そうこうしているうちに、体力が低下し、気がつくと歩けなくなっていた。

――このままだと、傷が戻る前に大変なことになるのでは……。

『大変』が何なのか具体的にイメージしているわけではない。
でもそれは、本能から来る恐怖だった。

…………

そしてさらに時間帯が経過した。
身体は、ますます動かなくなっていく。
最近は痛みの感覚さえマヒしてきた。
夢も見ない。フッと意識が落ち、目を開けると時間帯が変わっている。
本当に危険だ。
もう、いかがわしい考えを持った人でもいいから、誰か来て欲しい。
……いや、ゴロツキっぽい男性数人は、一度だけ見たことがある。

…………
あのときは、乙女としてさすがに恐怖した。
道の向こうから男性数人が現れたのだから。
……そして何も起こらなかった。
通りを曲がって現れた彼らは、段ボールの中の私をチラッと見て言った。
『若い女だぜ、どうする?』
『いや、もうダメだな、あれは。止めとこうぜ』
『変な病気を移されても困るしな。じゃあ、取り引きと行くか』
病気とは失礼な!!
……まあ試し撃ちとかされなかっただけ、幸運だったんだけど。
彼らはその後、妙な薬だか何だかを取り引きし、すぐにいなくなった。
それから人の姿は見ていない。

『もうダメだな』という言葉が、何度も私の中でこだまする。
――傷さえ戻るまで、頑張れば……。
でも私の体力はどれほど減ってるのだろう。
ここに隠れてから、水も食料も口にしていない。

――エリオット……。
もう、二度と会えないんだろうか。

…………

目を開けると、夜だった。
いや、本当は昼かもしれない。視界がどうにも危うい。
――うーむ。ちょっと寝返りがうちたいですねえ。
と思ったけど、寝返りをうつ力も残っていない。
傷がどうなっているのか、確認も出来ない。そもそも感覚がない。
寒い。すごく寒い。
でも自分に起こる、いかなる苦しみも追い出せない。
――もう、ダメですかね。
身体一つで異世界に来て、自分なりに生命の危機は何度か乗り越えてきた。
――やっぱり嫌ですね。こういう終わり方は。
イヤなんだけど、自力では何も出来ない。

――いろいろ選択肢を間違いましたよね。
勇気を持ってマフィアのボスに『余所者です』と自己紹介すれば良かった?
珈琲店から出て来たグレイに『助けて下さい』と懇願すれば良かった?
でももう、やり直せない。時間がデタラメな世界でも、これだけは戻らない。


まぶたを開けていることさえおっくうで、目を閉じる。
見おさめにしたい景色は特になかった。


――エリオット。早く、次の恋人を見つけて下さいね……。

そして意識を闇に落とす瞬間。どこか遠くで靴音が聞こえた気がした。
若干の会話も。
『このあたりか?禁止薬物の取り引き現場は……』
『目撃情報がありました。路地が入り組んでますから可能性は高いと思われます』
『しらみつぶしに探すぞ』
『はい、グレイ様!』
それは幻聴だったのかもしれない。
でも今、一つの靴音が確かに角を曲がり、私のいる路地の方へ……

…………

…………

目を開ける。
すごいな。また目を開けられた。

真っ白な天井と壁が見えた。あと医療機器もいくつか。どうやら病室らしい。
私の口には、いわゆる酸素マスクがつけられており、全身にチューブが見えた。
マスクが息苦しくて外したい。でも身体を動かせない。
私はまた目を閉じた。

…………

誰かに声をかけられた気がして、薄目を開けた。
銀髪隻眼の男が、嬉しそうに私に何かを言った。私はまばたきだけをする。
かたわらの、仏頂面の人が銀髪の人に何かを言う。
どこかで見たことのある人だ。
私に酸素マスクはもうつけられていない。チューブの数も少し減っている。
でも動けない。

私はまた目を閉じた。

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