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■秘密のお茶会・下

「ちょっと待ってろよ!一時間帯もしないで戻るからな!!」
大いに満足したらしいエリオット。
彼は、危険な任務の疲労も、ここでの『激しい運動』のあとも、全く感じさせない
軽快な動きで、扉を開けて出て行った。
ウサギの跳ねる軽やかな足音が聞こえそうな錯覚さえ、感じさせる。
「…………」
私は気だるく羽毛布団にくるまり、ぐったりと伸びる……あの××ウサギめが。
とはいえ、いつまでも、そうしてはいられない。

私はノロノロと身体を起こすと、軽く身体をきれいにし、服を身につけた。
「ナノーっ!」
お湯を沸かしていたあたりで、エリオットが小屋に帰ってきた。元気でいいなあ。

エリオットは大きな包みと小さな包み、二つの荷物を抱えていた。
「うわっ。やっぱり、すごい紅茶の匂いだなあ」
エリオットは入ってくるなり目を白黒させる。
私も窓を開けて匂いを外に逃がしつつ、苦笑する。
「私に触れてたあなたにも、たっぷり匂いがついてますよ?」
「ええ?そうか!?ああ、そういえば……」
そでの匂いをかぎながら、
「ブラッドもそう言ってたな。紅茶の匂いがすごいって」
「え?」
思わぬ名前にドキリとする。
「いや、たまたま廊下で会ってさ。あいつも匂いに気がついたみたいで。
『いったい、どこでそんな、強い紅茶の匂いをつけてきたんだ』って」
「…………」
気楽な会話から、心臓が止まるかと思った。
私の表情が強ばったことに気づいたのか、エリオットは、
「大丈夫だって!ちょっとティールームに入っただけだって説明した。
『新作の紅茶の匂いらしいぜ』って!おまえのことは話してねえよ!」
「……そ、そうですか」
「ブラッドだって『そうか』って言って、すぐ紅茶の準備をさせてた。
だから大丈夫だって!本当に!」
エリオットの説明で納得するしかない。
「それより見てくれよ!いいのを持ってきたんだぜ!」
三月ウサギは、テーブルの上に大きい方の包みを広げた。
「おおー!」
私も感嘆の声を上げる。その中には、使い込まれたティーセットが入っていた。
透明なガラス製ティーポットにクリーマー、シュガーポット、ティーストレーナー、
それともちろんティースプーンも。
「それと、これでいいのか?おまえの言ってた……」
エリオットはもう一つの小さな包みを開けた。
中には、私のサイズにぴったりな、新品のソムリエエプロンが入っていた。
私も一気に上機嫌になり、笑顔になる。
そして鼻歌を歌いながら、ニンジン柄のティーカップを取りに行った。
「では、お茶会にしましょう、エリオット」
「ああ!」
ホッとしたようにエリオットも笑った。

…………

…………

窓をしっかりと閉め、外から見えないようにする。
そして裏口の鍵も閉まっていることを確認した。
「エリオット。表の鍵はいいですか?」
「ああ。大丈夫だ。ちゃんと閉めた」
無駄にキョロキョロしながらエリオットが戻ってくる。
うう、匂いがこもるなあ。
締め切った小屋は、薄暗く、私の紅茶の匂いだけが充満している。
でもテーブルの上は素敵なお茶会だ。
私のナノティー缶。先ほどのティーセット。
おそろいのニンジン柄のティーカップ
それとエリオットが追加で持ってきたニンジンスコーンに、ニンジンケーキなどの
ニンジン・スイーツコレクション。
……正直、ここでまで、オレンジで埋め尽くされるとは。
「お茶会で、これだけ緊張するのは初めてだな」
戸締まりを確かめ、椅子に戻って来たエリオットは神妙な顔で言う。
「私も。久しぶりですね」
私はエプロンを広げ、後ろ手に紐を結ぶ。
エリオットは、実感が無さそうに聞いてきた。
「本当に、おまえが『あの』紅茶を淹れたのか?俺はまだピンと来ねえんだが」
「…………」
「裏通りで仕事が無いって倒れてて、麦を食ってたおまえが……何で」
いえ、ですから、あれは未遂だってば。
でも無駄に会話をかき混ぜ、お茶会を先にのばす気はない。
「今、分かりますよ」
エプロンの紐を結び終える。

そして私はエプロンをパンッとはらい、顔を上げた。

そのとき私はどんな顔をしていたのか。
エリオットがハッと、驚いたように私を見た。

…………

お湯は澄んだ井戸水を、さらに浄水したもの。
背はまっすぐ、身体を引き締め、肘を引き、無駄な動きはしない。
缶を開け、ティースプーンで茶葉をすくう。
グレードはオレンジ・ペコー。
手間暇かけた、作りたての本当に新鮮な茶葉。
沸騰直後の湯を下ろし、鍋敷きの上に。
茶葉を入れたティーポットを移動させ、高すぎず低すぎない場所で注ぐ。
そして私はポットを見守る。
「…………」
ティーコジーという覆いをかけて待つこともあるけど、私はどうしても茶葉の状態が
見たい。手早くカップの準備をしながら、ガラス製の容器を見守る。

最初に浮いていた茶葉は、次第に湯を吸い込んで少しずつ開き、沈んでいく。
そして湯の流れに乗って、踊るような上下運動を起こす。ジャンピングの開始だ。

「…………」

別に何かあったわけではなく、勘のようなものが頭の中に降ってくる。
私はゆっくりとティーポットを持ち上げ、茶こしことティーストレーナーをカップに
あてる。そして空気を含ませながら注いだ。

色。ニンジンのような明るいオレンジ。
香り。バラに似たフラワリーの芳香。
透明でくすみはなく、香りにも問題はない。
ちゃんと人様に出せるレベルだ。
二杯目をもう一つのカップに注ぐ。
そして私は一つをソーサーに乗せる。
水面に波紋を立てないよう、スッとエリオットに差し出した。

「出来ました」

「……っ!あ、ああ」
エリオットは我に返ったようにやけに大きな声で言った。
そしてまじまじと私を見た。

「おまえ……本当にナノ、だよな……?」
何を言ってるんだか。

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