続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■秘密のお茶会・上 エリオットに建て増ししていただいた納屋……畑作業用の倉庫に私はいた。 「これで全部ですね」 おやつにいただいたチョコチップスコーンをかじり、私は一人笑う。 あの後。双子ははしゃぎ、野菜や果物を食し、さんざん私をかまった。 そして時間帯が変わる頃、彼らは『楽しい方の仕事』とやらで帰っていった。 んで私は茶摘みを再開した。 で、数時間帯後。 ようやく茶摘みが終了した。 そして新しい納屋に私は、つんだ茶葉を全て運び込んだ。 「では始めますか」 エリオットも双子もいない。 私は私の『お仕事』を始めることにした。 ………… 茶葉から紅茶を作る。 実は前の不思議の国でも、私は一時期、手製の紅茶を作っていた。 なので素人ながら、作業のマニュアルは一通り頭に入っている。 『お茶の葉をもんで汁をしぼり、その汁をまた葉に付着させて、乾燥、保存』 すると湯でお茶の味を抽出することが可能になる。 紅茶の作り方は、基本的にそれだけ。 まあ言うだけなら簡単だけど……大変に疲れるし、いろいろ問題も多い。 でもやるしかない。 私は腕まくりをした。 ………… 「ナノ、あなた、スゴイ匂いよ〜?」 紅茶製作開始から××時間帯後。 パンとスープを取りに、お屋敷の裏口に行った。 笑顔で出て来た使用人さんは、私を見るなり匂いに驚いたようだった。 「そ、そんなにスゴイですか?」 うーむ。茶葉には酵素が含まれている。 茶葉から紅茶を作る課程で、その酵素が発酵し、匂いがするようになる。 「でもお花の香りみたいね〜。癒やされるわ〜」 「本当だ〜。いい匂い〜」 「強すぎだけど〜何だか落ち着く香りだね〜」 ダルダルな使用人さん達がわらわらと集まり、匂いをかぎ出す。 ……人間アロマですか、私。 「でもナノ〜、厨房まで匂いが入ってきちゃってるわよ〜」 「あ、ごめんなさいです」 私はいつもどおりにパンとスープを受け取り、屋敷を後にした。 でもまあ、この匂いは茶葉の発酵が進む、つまり私の作業が順調な証だ。 納屋に戻った私は冷たいスープをすすり、パンをかじると、手袋をする。 今はスープを温める時間さえ惜しい。 「さて、また茶葉を揉みますか」 茶葉を手に取り、もむ。もむ。もみまくる。 このときの手の温度で発酵を進めるのである。 しかし同時に長い作業でもある。 使用人さんに言われたように、匂いがキツイし、手が疲れるし、納屋にこもりきり。 本場の紅茶生産地なら、女性同士で楽しく話しながらの作業なんだろう。 けど、ここには私一人。 ……単調すぎて泣けてくる。 「おいしくなあれ、おいしくなあれ」 謎の呪文を唱えながら、ギュッギュッと茶葉をもみ、葉の汁をしぼる。 私は孤独な作業を続けるのであった。 ………… ………… そして×××時間帯後。 「出来ましたー!」 私は紅茶を作り上げたのであった。 ……え?省略しすぎですって? だ、だって間に何もないんだもん! エリオットも双子も危険なお仕事。もちろん他の役持ちも誰も来ない。 ときどき屋敷の裏口に行って 『ナノ、すごい匂いだね〜』 『ご、ごめん。いい匂いなんだけど、強すぎて料理に移っちゃうから〜』 と、早々の撤退を勧告され。 小屋に戻りまた作業再開。 そしてさらに発酵。お湯を長時間帯沸騰させ、納屋を蒸し風呂状態にして酸化。 その後、外の太陽の下に置いて、飛ばされないよう注意しつつ、茶葉を乾燥。 時間帯は使ったけど、この間、何一つドラマはございませんでした。 匂いが強くて、裏口に行くたびにアロマ扱いかブーイングだったくらい? あとは畑作業と同じく、ずっと一人きりだった。 「よし……」 最後に、裏口でもらった缶に茶葉をつめ、ギュッとフタをする。 ……完成! あれだけ苦労して、出来たのはたった一缶分。 でも、私は惚れ惚れとそれを眺める。 これは世界でたった一つの『ナノティー』だ。 畑を耕し、お茶の木の苗木を植え、管理し、自分で茶をつみ、手作業で作った。 そして紅茶が出来た。私だけの紅茶が。 「♪♪♪」 満足して、クルクルと小屋を踊り、すぐに足を止める。 飲もう!今すぐに飲もう! 「あー、でもティーセットがないですね。エプロンも欲しいし」 そして小屋の扉が大きな音をたてて開く。 「ナノ!帰ってきたぜ!」 大きなウサギさんが現れた。あ、ちょうどいいや。 「エリオット、いいところに。お屋敷にいらないティーセットがあったら融通して いただきたいのですが。あ、エプロンも。出来れば黒のソムリエエプロンで」 「…………」 エリオットの空気が何だかよどんできた。 ん?何か反応間違いましたか?私。 そんなことより、早くお茶を淹れたいなあ。 「ナノ……」 「へ?」 ゆらりと自分の視界を大きな影が覆い、ようやく私は『戻って』きた。 「あ?あれ?あ、え、エリオット!おかえりなさい!よくご無事で!!」 マズイ。紅茶に我を忘れていた! 営業スマイルを大慌てで浮かべるけれど……。 「いやあああっ!!」 エリオットに抱きしめられる。 し、しかし強度が!せ、背骨がっ!だ、だ、抱きつぶされる!! 「そうかそうか。喜んでくれて何よりだぜ!!功績をたてた褒美に、××時間帯の 休憩をもらったんだ。眠れると思うなよ」 獰猛な笑みで言うと、私を肩にかつぎあげ、小屋の奥のでかいベッドに向かう。 しかし死地を乗り越えた報奨が休憩って……割に合わないですねえ、マフィア。 「え、エリオット!それはそうと!ティーセットとエプロンを〜」 肩の上からジタバタしながら懇願するけれども、 「終わったらな。それとおまえのサービス次第だ」 「うわっ!」 ふっかふかのベッドに投げ出され、スプリングで弾む。 起き上がろうとするけれど、すでに両脇にエリオットが手をついていた。 「あの、エリオット。あなたにお怪我がなくて何より……」 うう。赤の匂い……。あれ?あの匂いじゃないですね。石けんの匂い? いちおう、お風呂に入ってきてくれたんだ。 でも私の方は石けんの匂いじゃない。 「ん?おまえ。何か身体中に、変な匂いがついてねえか?……紅茶、か? そういえば小屋全体に、匂いが……」 エリオットはふと真顔になり、本物のウサギのように鼻をくんくんさせる。 「お茶の木から紅茶を作ったんです。その匂いが取れなくて……」 茶葉が発酵するときに出る萎凋香(いちょうか)はそれくらい強い匂いなんです。 「まあ、そういうわけで紅茶が出来ましたので、今からティーセットを……」 「よし!終わったら、適当なセットとエプロンを持ってきてやるよ」 エリオットは嬉しそうだ。大変によこしまな笑いを浮かべ、私を見下ろす。 「いえ、出来れば今、持ってきていただきたいのですが……」 冷や汗をかきながら言う。 「ナノ……」 あ。キスされた。流されるしかないのかな。 「エリオット……無事で本当に良かった……」 そしてエリオットは何度も何度も深くキスをし、私の服のボタンに手をかけた。 5/7 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |