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■双子との仲直り

小屋の前の畑で、私はのんびり歌う。
「ふふふふーん、ふふーん♪(前奏)」
『(前奏)』って、なんだろう……と自分ツッコミ。
そしてまたお茶の葉をつむ。
お茶の葉をつむ。
お茶の葉をつみまくる。お茶の木が、ついに何度目かの収穫どきなのだ。
が、あれだけ苦労して育てて、つめるのはたったの一芯二葉。
ごくごく先端の葉っぱ数枚だ。一本から取れるのは、たったそれだけ。
まあ売り物じゃ無くて個人で飲むんだから、葉っぱ全部むしってもいいんだけど、
それだと後々の生育に影響が出ますしね。
「夏もちーかづく、八十八夜♪」
定番の歌を歌いながら、私は私の役目に精を出す。
青空にはそよかぜ。
以前は放置された山小屋だった住み処は、修繕され、今や高原のペンションなみに
オシャレになっていた。広い納屋も建て増しされ、言うことは無い。

「それで、いつ、屋敷を出ますかね」
ため息をつく。

――エリオットがマフィアじゃなかったらなあ……。
好んで人を傷つける人種とは、お近づきになれない。
何も正義感あふれる優等生を気取るわけじゃない。むしろ逆だ。
心が弱くて気が小さいから、不穏な気配に敏感になってしまう。
度胸がないからこそ、赤の匂いに目をつぶることが出来ない。
本当に世の中、うまく行かないものだ。

…………

私はまた葉っぱをつみ、背中のカゴに入れる。
「日よりつーづきの、今日このごろを♪」
本当に爽やかな陽気だ。
私は歌いつつ、背中のカゴに摘み立ての茶葉を入れていく。
もうほとんど取った。あと少しだ。

「ナノ……」
「あの、ナノ……」
おずおずと、遠慮がちな声がかけられた気がした。

「摘まにゃ、にーほんの茶になーらぬ♪」
……ごめんなさい。『日本の茶』と言いつつ、この葉っぱは紅茶にいたします。
「あのさあナノ……」
「ひよこウサギのことは許したみたいじゃない……ねえ」
私が育てているのは『お茶の木』。もちろん、これは通称だ。
正式な学名はカメリア・シネンシスという。
何とこれは、紅茶と日本茶のお母さんなのだ。
両者の違いは、ただ製法の違い。それだけだ。
一つのお茶の木から、紅茶と日本茶を同時に作ることは、いちおう可能らしい。

「ナノ、貴重な休憩時間を削って会いに来てやったんだよ?」
「金にならないことを、わざわざしようとしてあげてるんだよ?」

ただ普通のお茶の木は、それぞれの製法に合うように品種改良されている。
例えば、ダージリン種のお茶の木から、無理やり日本茶を作るとする。
すると苦すぎたり、渋すぎたり。とてもマズい日本茶になるのだそうだ。
私の育てているのは紅茶品種。残念ながら日本茶は出来ない。
……と、頭の中で一人、電波を発信していると、

「ナノ。こっちを向いてよ」
「ナノ。謝るからさ」
泣きそうな声を聞き、ようやく私は茶摘みを中断する。
「え?」
ようやく電波発信地から帰還した。
そして振り向いた先には、元気を無くし、うなだれた双子がいた。

…………
澄んだ井戸水で、野いちごを洗う。
小さなカゴいっぱいにそれを盛って水を切り、草の上に置いた。
『いただきまーす』
食べる許可を与えてもないのに、手をのばしてくる二人。
私はため息をつき、昼食のオニギリにかぶりついた。
梅干し、梅干し♪
「来てたんなら、声をかけてくださればいいのに」
『かけたよ、何度も!!』
双子に猛抗議された。そ、そうでしたっけ?

「だから茶摘みに夢中になってただけです。無視してたわけじゃないですってば」
正確には電波と歓談しておりました。
「あんな退屈な作業に夢中になるなんて信じられないよ」
とイチゴをほおばりながら、不満そうにディー。
「お金になりそうもないことに夢中になるなんて、ありえないよね」
ミニトマトをさりげなく口に入れながら、不機嫌そうにダム。
うーむ。この二人は、少し前に、私の間借りしている小屋をケンカで破壊した。
さすがに私も怒って、畑への出入り禁止を宣言していた。
どうせすぐに、無視して野菜泥棒に来るんだろうなーと予測しつつ。

……まさか、素直に守っていたとは思わなんだ。

「僕らは言いつけを守ってたのに、ひよこウサギのことはさっさと許して、小屋に
引き入れてるって言うじゃない!」
「ナノが甘やかすから、馬鹿ウサギのやつ、ここに入り浸ってるんだ。
僕らのことは許してないのに。差別だよ!」
……いえ差別以前に、出入り禁止令自体、忘れてました。
だって、ウサギさんが昼となく夕となく、しつこいんだもの。
「分かりました。許します。許しますから、またいつでも遊びに来て下さい」
私はさっさと言った。外に用がなければ、小屋にこもりがちになる。
エリオット以外の来客がないのは寂しいものだ。
『……っ!』
そう言うと二人は目を見開き……顔がみるみるうちに、喜びに染まっていく。

『ナノっ!』

「うわっ!!」
でかい二人に同時に抱きつかれ、オニギリをつまらせるところだった。
あと斧!斧が危ないですから!!
「許してくれて嬉しいよ!また一緒にご飯を食べていいんだね!」
「ひよこウサギがいじめたら、僕らに言って!守ってあげるから!」
「…………」
狂喜した二人に容赦ない力で抱きつかれ、私は複雑な気分だった。

私は顔なし、彼らは役持ち。
出会ったときは二人の方が立場が上だった。そのはずだ。
なのに、いつの間にか双子の方が、私の機嫌をうかがっている。
こんな離れに住んだ、顔なしの小娘の機嫌を。
――余所者効果が発動してるってことですかね。
立場を明かさなくとも、この世界の人の気を引いてしまう。

胸の中でまた、小さな不安がチリチリと揺れた。

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