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■朝のエサやり

天気の良い朝のこと。
私は三月ウサギを起こそうと必死だった。
「エリオット。起きて下さい、エリオット」
私は両手を腰にあて、ベッドにくるまる三月ウサギに呼びかける。
「ん〜、もう少し……」
エリオットの返事はさえない。
「エサ……もとい、朝ご飯が出来ていますよ。
起きて下さい、私の三月ウサギさん!」
「俺はウサギじゃ……うう〜、あと五時間帯寝かせてくれ……」
ウサギ耳がピクピクと揺れている。
「何言ってるんですか!次の時間帯にはお仕事に行くんでしょう?ほら、起きて!」
ふっかふかの羽毛布団の下からのぞくのは、エリオットのお耳だけ。
揺れるソレに心動かされそうになりながらも、私は冷酷に作業を続ける。
「起きてください!朝寝坊するマフィアの2なんてどこにもいませんよ?」
「ここに……いるじゃねえか……ナノ、眠いんだ。あと少しだけ……」
「眠いのは自業自得でしょうが!」
うう。私自身、まだ腰のあたりに違和感が。××ウサギめ……。
「エリオット!目を開けて!エサ……じゃなかった、ご飯を食べて下さい!」
「…………」
ダメだ。三月ウサギは完全に二度寝モードだ。
仕方なく、私はぴょこんと布団から飛び出した二つのウサギ耳に顔を近づける。
そして乱暴で可愛い恋人に、とてもとても優しい声でささやいた。


「……ウサギ耳を引きちぎるぞ、てめえ」


「っ!!」

エリオットがガバッと飛び上がった。

…………

「刺客なんかいるわけないじゃないですか。ここは帽子屋領の奥なんですよ?」
暖炉にのせた鍋のスープをかきまぜながら、私は言う。
エリオットは椅子に座り、私に必死な形相で訴えた。
「でもすっげえ殺気だったんだよ!監獄の底から這い上がるような、あの怨念!
袋小路で敵に囲まれたときだって、あれだけ恐ろしい思いはしたことがねえよ!
あんな腕利きがこの小屋にいたなんて……おまえが無事で本当に良かったぜ!」
エリオットはテーブルを両の拳で叩き、恐怖に声を震わせながら言った。
やれやれ。寝ぼけウサギさんの相手も大変ですねえ。
「そんな悪夢を見せた夢魔様には、後で抗議をしておいて下さい。
さ、エサ……じゃない、朝ご飯が出来ましたよ」
そう言って、食卓にお皿を置いていくと、エリオットも気を取り直したようだ。
メニューを見て、顔を輝かせた。
「お!今朝も美味そうだな!本当に俺は幸せだぜ!」
「…………」
もしかして私と彼の視覚に、一次元と八次元くらいの差があったりしないだろうか。
「今朝はニンジンの切り身に、ニンジンスティックに、ニンジンのすり下ろしスープ
か!豪華メニューだな!いっただきまーす!」
ニンジンをぶった切った物とニンジンを切り刻んだ物と、ニンジンのすり下ろし。
もしかして私たちは、相当、高度なケンカの売り方売られ方をしているのだろうか。
けど、目の前の三月ウサギさんは、まるで宮廷の晩餐を食べるように、おいしそうに
食べてくれる。
もしかして、彼の目には何らかのまじないがかけられているのだろうか。
私も異世界に来て長いし、いい加減に潜在能力が覚醒して、実は魔法使いでした、
なんて素敵なオチがあったりしないかなあー。
えい、ピンと立ったウサ耳よ、垂れ耳になってしまえ!
「ん?ナノ。何か楽しそうだな。ニヤニヤして」
「人生が楽しくなりそうな、バラ色の空想をしておりました」
ニンジンジュースをすすりつつ、エリオットに笑う。
「そっか。ただならぬ邪念を感じた気がしたけど、勘違いで良かったぜ」
「ええ、良かったです」
ニコニコニコと。エリオットは私と同じジュースを飲む。
このジュースは、生ゴミ同然のニンジン料理の中で、唯一成功したものだ。
「よく分かんねえけど、良かったな。おお、美味ぇ!」
今度は素直な感想が嬉しい。
私たちは微笑みあい、楽しく話し、朝の時間を過ごした。

…………
小屋の入り口で、エリオットは私に何度もキスをする。
しかし出がけのキスにしては、しつこすぎだ。
「え、エリオット、そろそろ……」
彼の胸に手をやって、身体を離そうとするけれど、
「あと一回、いいだろ?」
「ちょ……ん……」
逆に引き寄せられ、キスをされる。一回という割に、何度も何度も。
強く抱きしめ、角度を変えて、唇を、舌を甘くからめる。
「ですから、さっきから……ん……」
ちょっと息が出来た隙に抗議したけど、最後まで言わないうちに、また唇が重なる。
「…………っ」
強引な三月ウサギに、力ではかなわない。私もあきらめて目を閉じた。

酸欠になりそうなほど、こちらの唇を味わい、エリオットはやっと離れた。
「それじゃ、仕事に行ってくるぜ。早く戻る……とは約束出来ねえけどな」
「あなたが無事に帰ってきてくれれば、それだけでいいですよ」
私が笑うと、なぜかエリオットは顔を赤くして、照れたように笑う。
「俺を喜ばせることを言ったって、何も出ねえぞ」
え?喜ばせることかなあ?本音なのに。
「行ってくるぜ、ナノ」
「気をつけて、エリオット」
エリオットはもう一度、私を抱きしめてキスをした。
彼からは太陽の匂いがした。

それから何度も振り返りながら、エリオットは屋敷の方向に去って行く。
私も、彼の背中が見えなくなるまで手を振った。

あの太陽の匂いは、もうすぐ別の匂いになるんだろうな……。

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