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■贈り物・下

陰鬱な感情は瞬時に吹き飛び、私は小走りに道をかけた。
「エリオット、エリオットっ!」
道の向こうから走ってきた三月ウサギ。
そして笑顔でかけていく私。
「エリオット!」
地面を蹴って、エリオットの腕の中に。
ああ暖かい。すごく暖かい!
「遅いぜ!また騎士につかまったんじゃないかって、迎えに来たんだ!」
彼はぎゅーっと私を抱きしめる。
「えへへ。ごめんなさい。買い物に夢中になっちゃって」
するとエリオットは私の買い物袋と、ちっちゃな紙袋を見て、首をかしげる。
「ん?少ないな。残りは後から送ってくるのか?」
「いえ、これで全部ですよ。欲しい物はだいたい……」
ニコニコと言葉を続けようとすると、
「はあ!?あんなボロ小屋で生活して、これだけってことはないだろ!」
「い、いえ。本当にこれだけですよ?ていうか、小屋は直りました?」
「ああ!直ったぜ!俺にまかせて良かっただろ?」
ええ。元々小屋を破壊され、直るまでの暇つぶしにと、お金を渡されて外に出された
わけなんです。壊した当人が、得意そうにしないでいただきたいなあ……。
「よし、今から街に行くぞ!おまえはNO.2の女なんだ!
宝石でも服でも、いいものを見つくろってやるから!」
「いえいえ、いい!いいですって!」
というか、畑で野菜を作ってる、NO.2の女ってどうなんだろう。
「それより、コレ見て下さい、コレ!!」
身の丈に合わないものを贈られちゃたまらない。
私を抱えたまま、街に行きそうな三月ウサギに、私は慌てて紙袋を見せる。
「ん?何だ?」
「贈り物ですよ」

三月ウサギに地面に下ろしてもらい、私は紙袋を開ける。
そして簡単な包装を開け、
「これ!」
「お……っ!!」
不思議そうだった三月ウサギが、私が差し出したものを見て、パッと明るくなる。
「ティーカップじゃねえか!ニンジン柄の!!」
「あなたへの贈り物です」
そう。雑貨屋で買ったのはティーカップだった。
カップは二つ。どちらも可愛いニンジン柄が入っている。
もらった金で贈り物はどうなの、というツッコミは無しにしてください……。

ナイトメアと入った店に比べ、あまりに小さな雑貨屋。
本来は子ども向けにデザインされたんだろう。カラフルでキュートなニンジン柄の
ティーカップ。
でも高価なブランド品のカップより、こっちの方がずっと好きだ。
「今度、一緒にお茶会をしましょうね」
私は笑い、キラキラした顔でカップのニンジン模様を愛でるエリオットに言う。
「ああ!おまえと俺だけのお茶会だな!!……秘密の」
あ……そうだった、そうだった。
私が紅茶を淹れられることは『秘密』にしなきゃいけないんだった。
「そうですね」
そして、エリオットと会って嬉しかった胸に、また小さな痛みが走る。

――そうだ。いつかは帽子屋屋敷を出なくちゃ。

マフィアとは合わない。人を貶め、簡単に命を奪う人たちとは関われない。
これだけは決して譲れない。
――でも、アテにしてた塔に行けないですよね。
グレイの警戒ゆえに。こちらも迷惑をかけたくないがために。
前の不思議の国では、行くアテがありすぎて困るくらいだったのに。
今度は逆にどこにも行けない。うーん、どうしたものか。
「ナノ。怖い顔してるぜ。どうした?」
「っ!」
我に返ると、エリオットが私の顔をのぞきこんでいた。
「あ、す、すみません!」
顔を赤くし、おそろいのカップをまた紙袋に入れる。
エリオットは私の頭を撫で、
「無理に面倒なことを考えるなよ。お互い難しいことが苦手なんだからよ」

……どうしよう。バカ仲間だと思われてる。

そしてエリオットがコツンと私の頭を叩く。
「おまえの手に余ることなら俺に言え。
俺だって頭は悪いけど、おまえと違って、マフィアの2だ!
おまえを困らせる奴らを、叩きのめしてやるからよ!」
うーん。あなたが私を困らせておりますが。
でもまあ、楽しい夕暮れ時に、先のことを考えていても仕方ない。

私はエリオットの腕を取り、
「そうですね。帰ってご飯にしましょうよ。小屋はどんな風に直ったんですか?」
と笑顔で聞く。
「ああ!そうなんだ!広くなったぜ!おまえが欲しいって言ってた納屋も作ったし
ベッドだって、すごくふかふかにだな……」
「納屋はともかく、すぐに出てくるのがベッドですか……ちょっと!」
こちらのお尻を撫でて来る不届き者をにらみつけ、距離を取ろうとする。
けど腕を引き寄せられ、逆にふぎゅーっと抱きしめられ、キスをされた。
「メシを食い終わったら、すぐに試そうぜ。新品のベッドの具合をな」
――はあ……。
下手をすれば、お食事よりベッドの『寝心地を試す』方が先になりそうだなあ。

大きな三月ウサギの熱いキスを受け、私はちょっとの間だけ、面倒な現実を忘れる
ことにしたのであった。

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