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■贈り物・上

『ありがとうございました!』
整列した店員さんの一斉おじぎを受け、私たちはお店を後にした。

「つ、疲れた……」
ナイトメアは仕事をしたわけではないのに、疲労困憊していた。
棚から棚へ、あちこち飛び回りすぎたのだ。
でも疲労は私も同じだ。
「美しすぎて、目が回りましたです……」
好きなものを見過ぎると、頭が疲れますよね。
でも、フラフラする私たちをよそに、
「珈琲セットは、一時間帯後には塔に届くそうです。さあ帰って仕事をしましょう」
ナイトメアに続くグレイは、事務的に言う。

……とはいえグレイも甘い。
カップの柄に合わせた、高価な珈琲セット一式を買い求めたのだ。
疲れたナイトメアは、グレイにもたれながら、私に言う。
「だが同じ柄のセットがあった方が映えると、グレイに言ったのは君だぞ」
「えー、ま、まあ、そうですけどね」

……ナイトメアの選んだ最高級カップを、一個だけ買おうとしたグレイ。
その彼に私は言ったのだ。
『高価なカップには、同じ絵付けのセットがあると思いますよ』と。
その後、店長さんに問い合わせ、実際にその通りだった。
カップの受け皿、珈琲ポット、クリーム入れに砂糖入れ。
店長さんは、輝ける笑顔で、高値のそれを猛烈に薦めた。
グレイは難色を示したが、私は首をかしげつつ、言った。
同じ柄のセットだと見栄えがいいし、来客の受けもよろしいですよと。
店長さんを応援するわけじゃないけど、権力者なんだから高価なセットの一つくらい
来客用に用意しておいて、損はないはずだ。
……でもまさか、グレイが私のアドバイスに耳を傾けるとは思わなんだ。
どうやら珈琲カップの解説で、陶器選びに関して多少の信頼を得ていたらしいのだ。
店長さんに営業代をいただきたい気分である……。

…………

私たち(というか私とナイトメア)は雑談しつつ歩き、やがて、塔と帽子屋屋敷の
分かれ道というところまで来た。
夕陽が道に長い影を落とす。
「あの……それでは私はこれで」
「もう行くのか?君が薦めてくれた珈琲セットで、一緒に珈琲を飲まないか?」
「いえ、お言葉は嬉しいのですが」
『珈琲』に関しては、この間、大失敗をした。
しばらくは禁酒……じゃない、禁珈琲だ。
「そうか……では、君と買い物が出来て、本当に楽しかったよ。
困ったことがあったら、いつでも塔に遊びに来るといい」
ナイトメアは強引に私を誘うことはない。暖かい笑顔だ。
「……ナイトメア様につきあってくれて、感謝する」
グレイはまだ警戒気味。でも最初と比べ、多少表情がやわらいでいる。
「どうもありがとうございます、ナイトメア。グレイ……さん」
ナイトメアは笑顔だった。私も二人に頭を下げる。
あれ?主人じゃなく部下の方に敬称をつけるって、どうなんだろう。
「別にこいつも呼び捨てでいいじゃないか。またな、ナノ!」
「……さようなら」
そして、去って行く二人に笑顔で手を振った。
と、少し進んだところでグレイが振り返る。
ナイトメアを待たせ、こちらに走ってきた。
「すまない。君の買い物袋を持ったままだった」
「あ、ごめんなさい!」
そうだ。私の日用品の袋。高い棚のものを見るとき、グレイが持ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
と受け取ろうとしたとき、

「分かっていると思うが。ナイトメア様の社交辞令を真に受けないでくれ」

……冷ややかな。こちらの心まで凍りつきそうな声。

私が反応する前にグレイは私の手に袋を押しつけ、背を向けて今度こそ去って行った。


…………

夕暮れが長い。次に来るのは夜か昼か、また夕方か。
わずかな買い物を手に、帽子屋屋敷への道を歩く。
あの後、雑貨屋によった。そこで買った紙袋を抱きしめる。

「はあ……」
そして、ため息が出る。
グレイの冷たい目、よそよそしい声、主人と距離を置かせようとする動作。
一つ一つの仕草が、私を傷つけ、落ち込ませる。

でも現実はこんなものだ。
前の世界では余所者だから、親切にしてくれただけ。
……そう考えて自分を叱ろうとして、余計に落ち込む。
他ならないグレイに、嫌な顔をされる。
それは思ったよりはるかに、打撃だった。
「でも当たり前じゃないですか。他の領土と内通してるかもしれない人間なんて」
普通は警戒する。警戒するほどではないとしても、接してほしくはない。
「…………」

余所者は好かれるものだ。
でも、前の不思議の世界で、夢魔は言った。

『全員が君を愛したりしない。最初は君を嫌う者だっているかもしれない』
グレイは、そのパターンに入ってしまったということか。
ただ、夢魔はこうも続けていた。
『だけど、ほとんどの人間は、知り合えば知り合うほどに君を好きになっていく』

例え、私が顔なしを装っていても、余所者であることには変わらないらしい。
ろくに知り合わないうちから好意を寄せてくれたエース、双子、そして夢魔。
ただこの世界のグレイは、ナイトメアへの忠誠心から、私を警戒している。
でも、関わっていけばいつかは……。

――グレイに、またチヤホヤされて口説かれたいんですか?私。

ぞっとして首をふる。
前の世界では、どれだけグレイを振り回し、迷惑をかけたか。
警戒されているうちに、絶対的な距離を置かないと。

もう、塔には行かない。行けない。
グレイには私を嫌ったままでいてほしい。

ナイトメアと珈琲を飲みたいけど。
私には許されない。


そして、落ち込む私の耳に、明るい声が届いた。

「ナノーっ!!」

私は顔を上げて、パッと笑顔になる。
「エリオット!!」

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