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■三月ウサギと小さな痛み1
※R18注意


「絶対に嫌です」
紅茶を飲みながら私は即座に否定する。
「何で私が見知らぬ男と一夜を共にしなければいけないんですか」
「命令だ。君に拒否は出来ない。むしろ前もって教えたことを感謝してほしいくらいだ」
どういう理屈だ。

私のティーカップを持つ手が震え、美しい赤色に波紋が立つ。
「……それに、他ならないあなたがそんな異常なことを許可するなんて……」
帽子屋ファミリーのボス、ブラッド=デュプレ。
彼の嫉妬深さは有名だ。
「それは私としても頭の痛いところだ」
これはブラッドにとっても本意ではないらしい。
私の向かいで紅茶を飲む彼も、頭痛をこらえる顔だった。
「相手は私が全幅の信頼を寄せている奴だ。
対抗ファミリーの殲滅作戦において、危険な任務に就くことになった。
腕の立つ男だが、奴が能力の全てを出しても、作戦成功率は三割を切るだろう」
「…………で?」
「だが、どうしても必要な作戦でな。奴以外に出来る者がいない。
私が奴に話し、奴も承諾した。そこで、作戦前に慣例を行うことになった」
「慣例?」
「こういった組織では、死地に赴く者に金か女をあてがうものだ」
言い方は格好いいが、要は危険へ赴く者への心づけというわけか。
「通常は、系列の高級娼婦を呼ぶのだが……」
「その方はそういった専門の女性より私をご指名、と」
「君にしては理解が早いな。そういうことだ」
私たちの間に沈黙が流れる。
ティーカップがガタガタ揺れる。怒りのためだ。
「私への侮辱にもほどがあると思いませんか?」
何がボスの女だ。都合のいいときに簡単に他の男に貸し出すなんて。
「分かっている。だが奴も私に撃ち殺される覚悟でな。
私のために散ることにためらいはないが、未練を残さず、一度だけでいいから思いを
遂げたいと懇願してきた。
作戦の成否や組織への貢献度を鑑み、出来れば最大限の配慮をしたい」
ブラッドも渋い顔だ。だがその顔には苦悩がにじみ出ている。
私は何とか笑顔を作ろうとしたけれど、成功したかどうか。
「で、私への配慮は完全にないがしろにすると」
「一夜限りだ……この件に関しては一切口外しないし、噂は流さない。
奴も君のことについては口が堅い。生還しても君に言い寄ることはない」
「お断りします。私は絶対に嫌です」
嫌悪を持って飼い主を睨む。しかし、
「私が危険な任務に就いている間、浮気し続ける君に言われたくもないが。
この間は騎士だったか?森に遊びに出かけ、傷だらけで帰ってきたときがあったな。
衣服から騎士の体液の成分が検出されたと聞いたが」
冷ややかな声。私は悪夢の記憶にハッと背筋を強ばらせる。まだ傷は癒えていない。
「最後まで抵抗しました。止めてほしいと訴えたけれど、力ではかなわなくて……」
手当はしてもらったものの、ブラッドはあのとき冷ややかだった。そして今も。
「君の飼い主として、正しいペットにしつけ直す。君への仕置きを与える。
今後、似たようなことをすれば、同じ制裁を課すだろう」
「…………理不尽です」
低く言う。強いられた女に罪が課されるなんて、いつの時代の話だ。
「なら二度と屋敷の外に出ないことを学べ。自分から外出した猫が悪い。
狂犬の出る場所にのこのこ迷い出た、しつけの悪い猫がな」
「…………」
もうこの人には何を言っても無駄だ。
「君は君のやり方で私に償ってもらおう」
マフィアなんて最低だ。何としても、逃げてやる。
そう思った瞬間、視界が歪む。涙では無い。
「え……?」
猛烈な眠気が襲い、紅茶を持っていられない。
手からこぼれおちるティーカップが床に落ちて割れた。
続いて崩れ落ちる私をブラッドが受け止める。
「安心しなさい、終わったら全てを忘れさせるから……」
遠くでブラッドの声がし、彼が強く私を抱きしめた気がした。

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