続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■主従とカップ選び・上

「ふふ。初対面でもないようだが、改めて紹介しよう。この子はナノだ」
余計なことをする夢魔が、グレイに私を紹介しやがる。
「…………」
値踏みするような視線が怖くて、私は地面を見ながら頭を下げた。
「ご、ご紹介にあずかりました通り、私はナノと申します。
帽子屋ファミリー領の一角で、エリオット様にお出しする野菜を作っています。
今は休憩中で、街に買い出しに参りました」
詳しく説明するとややこしいので、休憩中ということにしておく。
「三月ウサギの手下か。それがなぜ、ハートの騎士とつながりを持っている?」
グレイの声からは警戒が抜けない。エースとのことも影響してるのか、どうもこの
世界のグレイは、私に悪印象があるようだ。
「ええと……ファミリーの方の作戦で、エース様に連絡事項があったんですよ」
苦しい言い訳だ。案の定、瞬時に切り返される。
「あの場は衆目があった。あんな場所で堂々と内通をするものか。
第一、腐っても奴は主君に誓約を立てた騎士。コソコソ背信をする役柄か。
いったい何を企んで……」
「グレイー、尋問じゃ無いんだ。それくらいにしてやれ」
ナイトメアが再びグレイをなだめる。
うう。前の世界では、こんな殺伐としたやりとりなんて絶対になかったのに。
あのときは、誰もがすごく優しくて……。
「ナノ。過ぎたことは、どうでもいいじゃないか」
思い出に浸ろうとする私を、ナイトメアが止める。

「それより、さっきも言っただろう?最初は興味がなかったが、私は君を見るほど
目が離せなくなった。今さらではあるが、是非とも君と親しくしたい」
「ナイトメア様」
得体の知れない顔なしと関わろうとする上司に、補佐官は視線を鋭くする。
「そろそろ塔に戻る頃合いです。仕事はまだまだ山積みで……」
「いーやーだーっ!!私はナノと一緒に買い物をするんだー!」
……今まで、それなりに威厳があったのに駄々っ子モードに入りやがった。
私に興味というより、私をダシにして憂さ晴らしをしたいのが本音なのかな。
「いーや、違うぞナノ!私は純粋に君をだな……」
「ワガママもいい加減にしてください!さあ、帰りますよ!」
グレイはナイトメアを引きずり、塔に戻ろうとした。が、
「ちょ、ちょっとナイトメア!止めて、離してください!!」
私は悲鳴を上げる。ご領主様がガシッと私の腕にしがみついてきたのだ。
「ナノ!私は君の理解者だぞ!ここで見捨てるのか!?」
「いえ!ていうか、私がひどい目に合ってるときも放置してたでしょうが!」
慌てて腕を振り回すが、こんなときだけ力が強い。というか無理やり振りほどいたら
彼が吐×しそうで怖い。
で、グレイ→ナイトメア→私という順番で腕を引っ張っている。
ええと、私はどこにしがみつけばいいかな。
当然のことながら、周囲の方々は私たちをジロジロ見る。
グレイは、消えられるものなら消えたいと言いたげな表情だ。
「買い物をするっ!しなきゃ絶対に塔に帰らないからなー!!」
『…………』
これほどの醜態はない。
グレイは言わずもがな、無関係な私まで恥ずかしくなってきた。
「…………」
そして聡明な補佐官殿はしばし黙り、恐らく聡明な頭で、なにがしかの計算をし……
「何をお求めなんですか?買ったらすぐに帰りますよ」
ついにグレイが折れた!

…………

…………

そこは、例えるなら老舗ブランド店のような、清楚で高級感あふれる店だった。
ただ店からは『一見さんお断り』……上流階級の常連客以外、入店禁止!な雰囲気が
バリバリと漂っている。でも役持ちゆえか、ナイトメアたちはスーッと入れた。

ナイトメアたちを入り口まで出迎えに来たのは、おそらく店長さん。
他の従業員さんもズラリと通路の左右に控え、頭を下げている。
店長さんは、身体がやわらかいなーと感心するくらい深々と頭を下げ、
「当店にようこそいらっしゃいました。ナイトメア様!グレイ様!」
わーい、私、無視されましたー。しくしく……。
密かにいじけていると、ナイトメアが馴れ馴れしく顔をよせてくる。
「スネるなよ、ナノ。何なら私から叱っておいて……」
「いえいえいえっ」
ひそひそ声のナイトメアに、慌てて返答する。
仕方ない。ここが普通の店だったとしても、私は門前払いされてるかもしれない。
それくらい服が古くて汚れだらけだったりする。畑仕事から、そのまま来ましたし。
「ナイトメア様は、ご自分の珈琲カップをお探しだ」
グレイが無愛想に言うと、店長は心得ました、とばかりにうなずく。
「高位の役持ち様にご来店いただき、当店にとってこれ以上の栄誉はございません。
ではさっそくVIPルームに行き、当店自慢のコレクションを私がご紹介……」
権威に弱そうな店長さんは、自分が接客する気満々なようだ。
うーむ。同席断られたらどうしよう。いや許可されても、最初から最後まで空気扱い
なんだろう。気が重い。
だけどナイトメアは店長さんに手を振って断る。
「そちらの案内は不要だ。こちらで勝手に見て回り、気に入ったものを買う」
「え?ですが……」
「ナイトメア様に何度も言わせるな、案内は不要だ」
今度はグレイが遮って、戸惑ったような店長さんを黙らせる。
「では、行きましょう、ナイトメア様」
グレイは私を無視して行ってしまう。一瞬、追いかけたものか迷う。
――今だったら逃げられそうですね。
この空間では、私はいろんな意味で場違いで、居たたまれない。
「ダメだダメだナノ、そんな卑屈な考えをしてないで、君も来なさい」
グレイに引きずられつつ、ナイトメアが手招きする。
補佐官殿はチラッと私を見るけど、やはり行ってしまう。
――う、うーん。逃げようと思えば逃げられそうだけど……。
しかし、ときらびやかな店内を見る。この店で売ってるものは非常に魅力的だ。
どう見ても、上流階級以外お断りのお店だ。
エリオットはマフィアだし、夢魔たちと一緒でない限り、もう入れないだろう。

私はしばし逡巡し……ついに走って二人の後を追った。

5/6
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -