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■お買い物と再会・下

そしてクローバーの塔の、近くの商店街のこと。

青空の下、小さな手提げ袋を片手に、私は困っていた。
「ええと下着買った、汗ふきタオル買った、洗濯石けん買った、歯ブラシ買った。
……あうう、まだほとんど残ってます……」
サイフを見てガックリ。紙幣の束はこれっぽっちも減っていない。
買い物はすませたはずなのに、エリオットから渡された金は大量に余っている。

前回までのあらすじ。
双子とのケンカで私の小屋をぶっつぶしたエリオット。
彼は、私が激怒してると思い込み、埋め合わせに?何か買えと言いだした。

役持ちと顔なしなんだから、『ごめん』『いいですよ』で終わりそうな気がするけど、
エリオットは私が『怒ってない』と言うほど『怒ってる』としつこい。
とにかく何らかの形で詫びをしたいらしい。
あのままだと、逆ギレして泥沼化か、斜め上に行って土下座しかねない。
どっちのエリオットも見たくなかったので、仕方なく厚意を受けることにした。

……で、大金を渡されましたとさ。

私が買い物から戻るころには小屋も修復しているだろうと、屋敷から放り出された。

『いいか。騎士に会ったら、すぐにそこらへんの店に飛び込んで助けを求めろ!』
エリオットは、私がエースと鉢合わせし、連れて行かれるのを心配していた。
門まで私を見送り、こう繰り返した。
『暗い道は絶対に歩くな!騎士に珈琲をやるって言われても、ついていくなよ!』
私は小学生か。あとお菓子じゃ無くて『珈琲』って……。
『色目を使って男を誘うんじゃねえぞ!』
屋敷に届きそうな大声で、とんでもないことを言われました。
しかし下手に反論すると護衛をつけられかねないので、苦笑いをし、手を振って
帽子屋屋敷を後にした。そしてエリオットに渡された札入れは……分厚かった。
それで困っている。

…………
その後、日用品をいくつか買ったけど、札束は一向に薄くならない。
「ええと、ええと、あと何か……あんまり大きいものは荷物になるし……」
家具屋のショーウィンドウを眺め、頭を抱える。すると、

「大きいものは送ってもらえばいいだろう。ああ、宝石や服という手もあるな」

「っ!!」
かけられた声にドキリとした。
それは知り合いの声だった。
でも病気の入ったエースではない。
私が誰より恐れるボスでもない。
もう一度会いたい時計屋でもない。

「残念ながら、私だよ。ナノ」

ふりむいた先で、彼はミステリアスな笑みを浮かべていた。
何回見ても、スーツにフリルのシャツは、どうかと思う。

「いいじゃないか、服なんて。やあ。現実世界では初めまして、だな」

「どうも。現実でも夢の中でも『初めまして』だと思いますが」
私は頭を下げる。

病弱なクローバーの塔の主。
不審げな表情をしたトカゲの補佐官を後ろに連れ、ただ笑っていた。

「さて『顔なし』ナノ君。粗暴なウサギを手懐けるのは至難の業のようだな」
……わざわざ『顔なし』と強調するあたりがイヤミだ。
でも、おおよその事情はご存じらしい。
彼は夢魔だけど、前の世界の事情まで知っていたりするんだろうか。
「さあ、どうだろう?」
悪夢の体現者は、余計なことは話さない。ただ人の悪い笑みを浮かべている。
「というか、街中に出て来て大丈夫なんですか?ナイトメア」
会合もあるのだし、ひょこひょこ出てくるのは物騒ではなかろうか。

「『ナイトメア』……?」
ふいに怒気をはらんだ低い声が、ナイトメアの後ろから聞こえた。

「ナイトメア『様』、だろう?」

全身の毛が逆立つかと思った。そのくらいの殺気だった。
……グレイである。あのグレイ=リングマークが私を睨んでいた。
親しさなどカケラもない、絶対零度の瞳で。
うん……夢魔に不敬な態度を取る『顔なし』には、こういう人でしたよね。
しかも前に会ったとき、私はエースを連れて姿を消した。そりゃ警戒もしますか。
分かってはいたんだけど……心のどこかが痛い。
「グレイ。彼女はいいんだ。呼び捨てを私が許可する」
どうどうと、補佐官をなだめ、改めてナイトメアは私に向き合う。
それで夢魔は結局、何でここにいるんだろう?
「いやあ、仕事で息がつまりそうだとわめいたら、監視つきで出て来られた。
君に会えたのは本当に偶然だ。せっかくだ。親交を深めるため買い物につきあおう」
「いえ、結構です。お構いなく」
キッパリとな。
というか私は『この世界』に招かれたわけではない。むしろ『押しかけた』余所者だ。
ペーターだって、私に無関心だった。あなたも興味ないはずでしょうが。
「ああ。もちろん最初は興味が無かった。なぜなら君はよそ……」
「ナイトメアっ!」
私の鋭い声が『余所者』と言いかけたナイトメアの声を遮る。
温度が急降下したグレイの視線なんぞ知ったこっちゃない。
「コホン……ええとまあ、顔なしに埋没するという、下らない道を選択した。
そのはずなのに安穏と生きるどころか、実際には自分から面倒を背負い込んでいる。
そんな君の苦悩が見ていて面白……ゴホン、気の毒でな」
今、『面白い』と言いかけただろ、てめえ。
ナイトメアは私から視線をそらし、ごまかすように笑う。
「ま、まあ。この世界は退屈極まりないからな。
退屈と無縁の生活を送っている君に一度注目したら目が離せ……」
あれか。ワイドショーの特集見てるみたいな気分になったか。
人の不幸がそこまで楽しいですか、貴様。
「い、いやいや、そんなことは断じて!
た、ただ君だって私と知り合っておいた方が何かと……」
苦労を面白がられるほど、不愉快なことはない。
まして、高位の役持ちとお近づきになる気は、カケラもないです!
「ご教示、感謝いたします。では私はこれで!」
クルリと私は背を向ける。病弱なナイトメアは、逃亡以外では鈍足。
三十六計逃げるにしかず!

「――っ!」

が、逃げようとした手首をがっしりつかまれた。
エリオットにつかまれたことを思い出す。あのときに勝るとも劣らずの力だ。
……て、え?病弱ナイトメアにしては、握力があまりにも強すぎ……

「どこに行く。まだご領主様がお話中だろう」

……忠実な補佐官殿が。前の世界では、あんなに私に優しかったグレイが。
氷点下なまなざしで、私を睨んでおりました。

うう、ナイトメアじゃないけど吐×しそうです。

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