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■お買い物と再会・上

暖炉の炎がメラメラと燃えている。
私は『青空の下』、両手を炎にかざし、暖を取っていた。
時間帯は昼だから、別に寒いわけじゃない。けど、心がたいそう寒いので。

「ナノ……あのよ……」

後ろからオドオドした声がかかる。
ああ、炎がぬっくいなあ。
こうして膝を抱えていると、『何もかも失った』ことすら、忘れさせてくれそうだ。

「その……本当に悪かった。ごめんな!」

ああ、外の風が冷たい。
悲劇のヒロイン気分を盛り上げるため、時間帯を変えようかしら。

「ナノ〜!頼むからこっちを向いてくれよ!」

懇願が泣く寸前になり、私はやっと現実逃避を止めて振り向いた。
「エリオット」
私が冷たく睨む先で、『小屋を破壊した犯人の一人』は耳を垂らしていた。

……そうです。小屋がありません。
大人の振り回す二本の斧と、破壊力の大きな銃弾。そしてエスカレートした挙げ句に
飛び出した爆弾やら手榴弾やらで、粉々に吹っ飛ばされました。

ちなみに双子はすでにトンズラしている。
あいつら……また畑に入れると思うなよ。
「で?」
「……っ!」
たった一語しか発音してないのに、三月ウサギがビクッとする。
垂れたお耳がぶるぶる震えてるし。
「で、小屋はいつ直していただけるのでしょうか?」
「い、い、今すぐだっ!おまえが呆然としてる間に、屋敷に連絡を入れた!
もう半時間帯もすれば、部下が資材を持って、総出で修理するから!」
エリオットは大慌てで言った。
「……修理、ねえ」
元々ボロだった小屋は、木くずになり果てている。
修理って段階じゃない。土台を組んで一から建て直すんだろうなあ。
どれだけかかるのやら。
「も、もちろん!前より大きくする!おまえが欲しいって言ってた納屋も……」
「それは、どうもありがとうございます」
そう言って、『元』暖炉の燃え残りの炎に手を当てる。あ、最後の火が消えた。
寒い。めっちゃ寒いです。
悲劇のヒロインごっこも飽きたし、そろそろ動きますか。
私は立ち上がり、肩をほぐして畑に向かう。
エリオットは普段から乱暴だし、怒る気にもなれない。
そもそもこの小屋はお借りしていたもので、家賃も払っていなければ、所有権がある
わけでもない。
「それではもう謝罪は結構ですので、お仕事にお帰り下さい。
私、小屋が直るまで、ここで畑仕事をしてますから」
お茶の木も、いい加減に収穫どきだったなあと、麦わら帽子をかぶって畑に……
「ちょ、ちょっと待てよ!」
エリオットに手首をつかまれた。

「何か?」
「だから、その……悪かった!ごめん!」
エリオットは焦った様子で頭を下げる。あ、ウサギ耳が当たった。幸せー。
「そうですか分かりました」
私も頭を下げ、離してくれと、つかまれた方の手を振る。
でもエリオットはまだ手首を離さない。つかまれた場所が痛いなあ。
「だから、悪かったって謝ってるだろ!」
……へ?
「ええと……謝罪を受け入れます。ですから離して下さいよ」
「おまえ、怒ってるだろ」
……何をバカな。
「怒ってませんよ」
「嘘つけ。絶対に怒ってる!声がすごく冷たい!」
何だその絡み方は。本当に怒ってないのに、どうすればいいんですか。
「別にそんなに小屋に思い入れはないですよ。
第一、すぐ直していただけるんでしょう?なのに何で私が怒るですか?」
「ええと、乱暴なことはしないって言った先から、乱暴なことをしたから……?」
疑問になぜか疑問で返された。しかも完全に意味不明だ。
こんなことで怒ってたんじゃ『顔なし』なんかやっていけない。
「『乱暴』って、『そういう意味』の乱暴じゃないでしょう?
本当に怒ってないですから、もうお屋敷に戻ってお仕事をして下さいよ」
小屋での野菜パーティー、ケンカ、私の茫然自失、そして今。
エリオットは、もう相当な時間帯をここに費やしている。
いくら休憩時間を確保していたとしても、絶対に使い切っているはずだ。
「でも、何か顔が怖いし、声が怒って……」
まだエリオットはぐずぐずしている。
全く、いつから顔なしの機嫌をうかがう軟弱者になったんだか。
ああイライラする。
「あなたはブラッド=デュプレの右腕でしょう?私の主人である前に。
そうですよね?エリオット=マーチ。いいから、お役目を果たして下さい!」
「…………」
『ブラッド』の名を出すとさすがに弱い。
エリオットは下を向いて黙る。そして顔を上げ、
「な、なあナノ。何か欲しいものはあるか?」
「……は?」
「何でも!何でも買ってやるから!だから機嫌を直してくれよ!」
……何なんだろうエリオットは。機嫌が悪くなってなんかない。
普通に仕事をすすめたのに、かえって私の怒りが深いと思われたようだ。
「ないです、ないです。欲しい物は何も」
「でも、そう言って、この前は珈琲を飲みまくったんだろう!?」
「この前……?」
「騎士に礼をしにいったときだよ!」
「…………ああ!」
両手をポンと合わせる。
エースのお礼奉公……もう、お礼話自体、なかったことにしていいですよね。
とにかく彼と会ったときに、カフェで急性カフェイン中毒になった。
そういえば、あのとき、エースはエリオットを挑発したのだ。
私にお金を与えず束縛してる……みたいに。
双子も何だか似たようなことを言ってたっけ。
絡んでくるのは、それもあるのかな?

「そこまで怒るなんて思わなかったんだ。詫びがしたい。
なあ、何が欲しいんだよ!金の方がいいか?いくら欲しいんだ?言えよ!」

詫びを入れるなら金か女、というやつか。女に『女』を与えるわけないし『男』は
もっとダメ。で、消去法で『金』に行き着いたか。マフィア脳め。まあ『何かしら
償いをしたい』という発想が出てくるあたり、扱いが良くなりましたよね、私。
「何か言えよ、ナノ!」
詫びがしたいと言いつつ、エリオットの声には不穏なものがこもりはじめている。
――逆ギレされてややこしくなる前に、受け入れるべきですか?

私は胸の内で深くため息をついた。

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